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48.役者は定められた演技を終えた

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 蛇の幻影は魔力による目の錯覚だ。実体のある蛇ではない。にもかかわらず、触れた者を凍り付かせた。のそりと進む巨大な幻影は、ガスター公爵をぐるりと囲った。がたがた震えながらも、前言撤回しない。その覚悟は見事とシェンが笑った。

「言い残したいことがあれば聞いてやろう」

「蛇神様への忠誠と信仰において、あなた様に名乗るのは臣下として当然です。ですがっ! 皇帝陛下は違う。私が尊敬するに値する力を、示していただきたい」

 蛇が牙を見せ、シャーと威嚇する。その真下で、彼は毅然と言い退けた。

「なるほど? ならばひとつだけ教えてやろう。もし我が庇護するエリュが失われたら、魔族が滅びる。我が滅ぼすのではない。エリュはそれだけの力を封印しておる」

 嘘は吐かない。だが真実を多少濁して伝えるのは許されよう。シェンは平然とそう告げた。

 秘密は完全に封じることができない。知る者が複数になった時点で、いずれどこかで破綻する。漏れ出てしまった情報は一人歩きするだろう。ならば、先に情報を小出しにすればよかった。聞いた者は満足し、探り、勝手に想像する。

 荒唐無稽な噂が先行すれば、真実はその内側で埋もれて秘匿されるのだ。木は森の中に隠すべきだからな。エリュは何か言いたそうだが、ゲームなので我慢している。撫でて褒めた。

「魔族すべてを滅ぼす皇帝が、弱いと思うなら逆らうが良い。我が滅ぼしてくれる」

 青ざめた貴族が顔を見合わせる。しばらく無言でいたガスター公爵が表情を和らげた。

「感服致しました。臣下として、心からお仕え致します。ガスター公爵ブラッドの名を捧げましょう」

「ガスター公爵後継ヘイデンにございます」

「ガスター公爵夫人カミラでございます」

 ガスター公爵家の挨拶が終わり、シェーシャが作り出した蛇が消える。皇帝の権威を知らしめるのが目的だ。恐怖心や離反を招く罰は不要だった。ブラッドがシェンに視線を合わせ、ゆっくり目を伏せる。

 見送った後は、他の貴族が並んだ。誰もエリュを軽んじる者はなく、スムーズに挨拶は終わった。退屈していたエリュは、杖をゆらゆらと動かし我慢した褒美に、果物たっぷりのケーキを受け取る。

「見てっ! シェン、美味しそう」

「本当だね、僕のチョコケーキと一口交換しようか」

 頷き合い、フォークで切り分けた一口を交換する。人間の王族が数人、それから妖精の一族も顔を見せた。地底に暮らす小人族は、シェンと友好関係を結んでいるため、当然のように参加した。それぞれの王族は魔族の忠誠と、祝賀会で得た情報を持ち帰るだろう。

 素直に受け取るなら問題なし。曲解して国を動かすなら滅ぼすまで。残酷な蛇神はうっそりと笑う。

 舞台の幕はまだ降りない。ガスター公爵家という配役は見事で、彼らの演技によって貴族を纏めることが出来た。シェーシャに忠誠を誓う一族は、汚名を被ることも厭わず働いたのだ。後でたっぷりと褒めてやろう。すべてはシェンの手のひらの上だった。
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