24 / 128
24.皇帝に帝王学は不要?
しおりを挟む
本来、すでに皇帝の地位についてから帝王学を学ぶ者は少ない。これから偉くなる予定の者に教えることはあっても、すでに最高位の地位にいる者に上から諭すのは難しい。まあ、いざとなれば面倒な教師役は引き受けてやろう。シェンはそんなことを考えながら、紙を間に挟んで向き合った。
「お姫様描きたい」
「いいよ。僕は王子様を描こうかな」
一緒に描き始めて気づいたのだが、エリュは色使いが独特だ。派手な原色を多用するのに、毒々しさがない。不思議な感性の絵を見つめているうちに、出遅れていることに気づいたシェンが慌てて手を動かした。幼女二人でお絵描きとなれば、見守る侍女は微笑ましく感じるもの。しかしシェンの絵は、なんというか……個性的だった。
よく言えば、古典的。悪く言うと怖い。やたらリアルな描写の古臭い絵が仕上がった。向かいから眺めるエリュが立ち上がり、ぐるりと回り込む。じっくり眺めて、手を叩いた。
「おじいちゃんだ!」
「いや、王子……おじいちゃんでいいよ」
顔に線をたくさん描き込んだせいか、年寄りのほうれい線と間違えられたらしい。これが年代の差か? シェンは複雑な思いを噛み殺し、愛らしいが変わった色彩のエリュの絵を眺めた。これは風景画を描かせたら面白そうだ。
「エリュ、お花畑を描こうよ。お姫様を囲む感じで、お庭みたいな感じ」
「わかった! じゃあ、お花の色は黒ね」
「え?」
驚くシェンを置き去りに、花びらを黒で描き始める。エリュは慣れた様子で中に赤や黄色を配色する。
「ケイト」
「はい、こちらですね」
小型のブラシを受け取り、エリュは勢いよく絵の上を擦った。あっという間に色が混じる。不思議なほど調和した、陰影が深い絵が出来上がった。
「凄いな、エリュは。絵が上手だ」
「ありがと、シェンもおじいちゃん上手だった」
「あ、うん……王子なんだけどね」
後半はぼそぼそと口の中で言い訳する。ケイト達侍女が苦笑いしながら「シェン様もお上手ですよ」と褒めてくれたが、どう聞いても社交辞令だろう。そのくらいは理解しているので、愛想よく「ありがとう」と答えるに留めた。
エリュは絵の才能があるのだな。感心したシェンだが、その後も歌や楽器、さまざまな芸術関係に関して多才なエリュに驚き……今後の方針を固めた。
「エリュの才能を伸ばす方向性で。僕が庇護者として後見するから、帝王学はなし。歴史も僕が生き字引だから、足りない部分は僕が補うよ」
他国との外交は優秀なベリアルがいる。内政関係も任せられるし、将軍職に就いたリリンも有能な実力者だった。側近が固まったなら、エリュ本人は個性を大事に育てる方がいい。歪めてしまえば取り返しがつかないのだから。
「ダンスと食事のマナーくらいかな」
指を折りながら、エリュに足りない教養を選び出す。最低限恥をかかなければいい。将来、他の貴族と食事をする際に間違っても、皇帝が右と言えば右。ナイフを右手に持てば、誰もが従う。そんな国において、最上位の地位を持つエリュに求められるのは――生きることだけ。ならば好きな絵を描き、楽しそうに歌い、踊る人生で構わない。
長く生きた分だけ、シェンは多くの皇帝を見守ってきた。その守り神の判断に、誰もが笑顔で頷く。
「エリュ、僕とずっと一緒にいる約束をしようか」
まだ早いと考えていたが、エリュが皇帝である以上、もう遅いくらいだ。伸ばした手を躊躇いなく握り、エリュは嬉しそうに笑った。
「お姫様描きたい」
「いいよ。僕は王子様を描こうかな」
一緒に描き始めて気づいたのだが、エリュは色使いが独特だ。派手な原色を多用するのに、毒々しさがない。不思議な感性の絵を見つめているうちに、出遅れていることに気づいたシェンが慌てて手を動かした。幼女二人でお絵描きとなれば、見守る侍女は微笑ましく感じるもの。しかしシェンの絵は、なんというか……個性的だった。
よく言えば、古典的。悪く言うと怖い。やたらリアルな描写の古臭い絵が仕上がった。向かいから眺めるエリュが立ち上がり、ぐるりと回り込む。じっくり眺めて、手を叩いた。
「おじいちゃんだ!」
「いや、王子……おじいちゃんでいいよ」
顔に線をたくさん描き込んだせいか、年寄りのほうれい線と間違えられたらしい。これが年代の差か? シェンは複雑な思いを噛み殺し、愛らしいが変わった色彩のエリュの絵を眺めた。これは風景画を描かせたら面白そうだ。
「エリュ、お花畑を描こうよ。お姫様を囲む感じで、お庭みたいな感じ」
「わかった! じゃあ、お花の色は黒ね」
「え?」
驚くシェンを置き去りに、花びらを黒で描き始める。エリュは慣れた様子で中に赤や黄色を配色する。
「ケイト」
「はい、こちらですね」
小型のブラシを受け取り、エリュは勢いよく絵の上を擦った。あっという間に色が混じる。不思議なほど調和した、陰影が深い絵が出来上がった。
「凄いな、エリュは。絵が上手だ」
「ありがと、シェンもおじいちゃん上手だった」
「あ、うん……王子なんだけどね」
後半はぼそぼそと口の中で言い訳する。ケイト達侍女が苦笑いしながら「シェン様もお上手ですよ」と褒めてくれたが、どう聞いても社交辞令だろう。そのくらいは理解しているので、愛想よく「ありがとう」と答えるに留めた。
エリュは絵の才能があるのだな。感心したシェンだが、その後も歌や楽器、さまざまな芸術関係に関して多才なエリュに驚き……今後の方針を固めた。
「エリュの才能を伸ばす方向性で。僕が庇護者として後見するから、帝王学はなし。歴史も僕が生き字引だから、足りない部分は僕が補うよ」
他国との外交は優秀なベリアルがいる。内政関係も任せられるし、将軍職に就いたリリンも有能な実力者だった。側近が固まったなら、エリュ本人は個性を大事に育てる方がいい。歪めてしまえば取り返しがつかないのだから。
「ダンスと食事のマナーくらいかな」
指を折りながら、エリュに足りない教養を選び出す。最低限恥をかかなければいい。将来、他の貴族と食事をする際に間違っても、皇帝が右と言えば右。ナイフを右手に持てば、誰もが従う。そんな国において、最上位の地位を持つエリュに求められるのは――生きることだけ。ならば好きな絵を描き、楽しそうに歌い、踊る人生で構わない。
長く生きた分だけ、シェンは多くの皇帝を見守ってきた。その守り神の判断に、誰もが笑顔で頷く。
「エリュ、僕とずっと一緒にいる約束をしようか」
まだ早いと考えていたが、エリュが皇帝である以上、もう遅いくらいだ。伸ばした手を躊躇いなく握り、エリュは嬉しそうに笑った。
32
お気に入りに追加
925
あなたにおすすめの小説
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~
北川晶
BL
目つき最悪不眠症王子×息子溺愛パパ医者の、じれキュン異世界BL。本編と、パパの息子である小枝が主役の第二章も完結。姉の子を引き取りパパになった大樹は穴に落ち、息子の小枝が前世で過ごした異世界に転移した。戸惑いながらも、医者の知識と自身の麻酔効果スキル『スリーパー』小枝の清浄化スキル『クリーン』で人助けをするが。ひょんなことから奴隷堕ちしてしまう。医師奴隷として戦場の最前線に送られる大樹と小枝。そこで傷病人を治療しまくっていたが、第二王子ディオンの治療もすることに。だが重度の不眠症だった王子はスリーパーを欲しがり、大樹を所有奴隷にする。大きな身分差の中でふたりは徐々に距離を縮めていくが…。異世界履修済み息子とパパが底辺から抜け出すために頑張ります。大樹は奴隷の身から脱出できるのか? そしてディオンはニコイチ親子を攻略できるのか?
聖獣がなつくのは私だけですよ?
新野乃花(大舟)
恋愛
3姉妹の3女であるエリッサは、生まれた時から不吉な存在だというレッテルを張られ、家族はもちろん周囲の人々からも冷たい扱いを受けていた。そんなある日の事、エリッサが消えることが自分たちの幸せにつながると信じてやまない彼女の家族は、エリッサに強引に家出を強いる形で、自分たちの手を汚すことなく彼女を追い出すことに成功する。…行く当てのないエリッサは死さえ覚悟し、誰も立ち入らない荒れ果てた大地に足を踏み入れる。死神に出会うことを覚悟していたエリッサだったものの、そんな彼女の前に現れたのは、絶大な力をその身に宿す聖獣だった…!
35歳からの楽しいホストクラブ
綺沙きさき(きさきさき)
BL
『35歳、職業ホスト。指名はまだ、ありません――』
35歳で会社を辞めさせられた青葉幸助は、学生時代の後輩の紹介でホストクラブで働くことになったが……――。
慣れないホスト業界や若者たちに戸惑いつつも、35歳のおじさんが新米ホストとして奮闘する物語。
・売れっ子ホスト(22)×リストラされた元リーマン(35)
・のんびり平凡総受け
・攻めは俺様ホストやエリート親友、変人コック、オタク王子、溺愛兄など
※本編では性描写はありません。
(総受けのため、番外編のパラレル設定で性描写ありの小話をのせる予定です)
【完結】飛行機で事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思います ー何事もやってみなくちゃわからないー
光城 朱純
ファンタジー
空から落ちてる最中の私を助けてくれたのは、超美形の男の人。
誰もいない草原で、私を拾ってくれたのは破壊力抜群のイケメン男子。
私の目の前に現れたのは、サラ艶髪の美しい王子顔。
えぇ?! 私、仙人になれるの?!
異世界に飛んできたはずなのに、何やれば良いかわかんないし、案内する神様も出てこないし。
それなら、仙人になりまーす。
だって、その方が楽しそうじゃない?
辛いことだって、楽しいことが待ってると思えば、何だって乗り越えられるよ。
ケセラセラだ。
私を救ってくれた仙人様は、何だか色々抱えてそうだけど。
まぁ、何とかなるよ。
貴方のこと、忘れたりしないから
一緒に、生きていこう。
表紙はAIによる作成です。
転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~
ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉
攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。
私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。
美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~!
【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる