上 下
18 / 128

18.初めてのお買い物は成功でした

しおりを挟む
 こっちはお菓子を売ってるお店、お向かいはおもちゃのお店、さらに歩いて角を一つ通り過ぎたら果物のお店。次々と知ってるお店を紹介するエリュは得意げだった。シェンはここ数百年外へ出なかったので、フリではなく本当に知らない。

「いっぱい知ってるね」

「果物のお店のおばさんは、甘い果物を見ただけでわかるの」

「それは凄い」

 子どもにとっては魔法と同じ。コツがあって見分けているのだが、そんな野暮は言わない。楽しそうなエリュに相槌を打ち、一緒に走り回った。すぐ後ろを付かず離れずの距離を保ち、ベリアルが追いかける。

「ベルぅ、あれ食べたい」

 エリュはいつも通りに強請る。欲しいものがあれば我慢せず言ってください、と彼に言われてたからだ。間違ってはいないが、折角なので買い物体験をさせることに決めた。シェンに手招きされて近づいたベリアルは、彼女に言われるまま紙幣を取り出す。

「こっちに寄越して」

 横からシェンが紙幣を掴んだ。この国には貨幣がない。そのため紙幣がすべてだった。小額の紙幣を確認し、シェンは首を傾げる。

「以前と変わらないな」

「価値は百年で1割前後の上下です」

 紙幣の価値の差は行ったり来たり、最終的にシェンが知る昔と大差なかった。治世が安定していた証拠だろう。大きな戦や災害があれば、紙幣は数倍単位で価値が変動したはず。納得しながら、紙幣をエリュに渡した。

「これなぁに?」

 そこからか。ふふっと笑いながら、シェンがお姉さんぶった口調で教え始めた。

「これはお金、紙幣というの。これと引き換えに果物を貰うんだよ」

「私はこれ、使ったことない。前はどうして果物くれたんだろう」

 素直に疑問を口にしたエリュへ、以前はベリアルが払ってくれたことを説明した。真剣に聞いて、頷く。

「わかった、今度は私がやる」

「うん。僕も見てるから頑張って」

 気合を入れて紙幣を握る幼女を、果物屋のおばさんが気長に見守ってくれた。急かすでもなく、優しい笑みを浮かべて待つ。心優しく穏やかな住人が多いのは、それだけ政が公正なのだ。さまざまなことを読み取りながら、シェンはエリュの動きに頬を緩める。

「何枚ですか?」

 幾らという概念がないので、このお金が何枚必要か尋ねたのだろう。お金を見せて尋ねる。これが治安の悪い国で、同行した大人が近くにいなければ、いいように騙されるカモだった。女性はじっくりお金を見た後、ふふっと笑う。

「何がいくつ欲しいの?」

 まずはそこから。金額を聞く前に、何の果物をいくつ食べたいか。購入する数が分からなければ、金額も出ない。きょとんとした後、エリュは悩み始めた。何種類もある果物をじっくり選ぶ。

「この赤いのがケイトのお土産で、こっちの黄色いのを食べる」

「いくつお土産にしようか」

 シェンが手助けすると、唸りながら指を折り始めた。どうやら青宮殿の侍女を数え始めたらしい。ちらっと視線を向けると、心得た様子でベリアルが手で示す。

「ケイトと一緒に働いてるのは、5人だって」

「じゃあ、5個?」

 惜しい! 片手を開いて、反対の手で指に触りながら数える。

「1、2、3、4、5、でケイトが6」

「6個!」

「よくできました」

 褒められて、エリュは笑顔を振りまく。話を聞いていたおばさんが、紅林檎を6個数えて袋に入れた。それから黄色い蜜柑を手に取り、シェンに目配せを寄越す。頷いて、エリュに尋ねた。

「蜜柑はいくつ買う?」

「私、お姉ちゃん、ベリアル。えっと、3個」

 おばさんが蜜柑を3個選んだ。慣れた様子で甘い蜜柑を選ぶ姿は、プロだった。それからお金をもう一度見せる。3枚を抜いて、色の違う1枚が返ってきた。

「ありがとう。あれ? 返ってきちゃった」

「お釣りだよ」

 説明したら受け取って、お金を全部ポシェットに捩じ込もうとした。苦笑いしながらシェンは、はみ出した紙幣を一緒に押し込む。

 エリュは嬉しそうに両手で果物の袋を受け取った。もちろん、すぐにベリアルに渡すことになる。両手が塞がってると蜜柑が食べられないからね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶
BL
目つき最悪不眠症王子×息子溺愛パパ医者の、じれキュン異世界BL。本編と、パパの息子である小枝が主役の第二章も完結。姉の子を引き取りパパになった大樹は穴に落ち、息子の小枝が前世で過ごした異世界に転移した。戸惑いながらも、医者の知識と自身の麻酔効果スキル『スリーパー』小枝の清浄化スキル『クリーン』で人助けをするが。ひょんなことから奴隷堕ちしてしまう。医師奴隷として戦場の最前線に送られる大樹と小枝。そこで傷病人を治療しまくっていたが、第二王子ディオンの治療もすることに。だが重度の不眠症だった王子はスリーパーを欲しがり、大樹を所有奴隷にする。大きな身分差の中でふたりは徐々に距離を縮めていくが…。異世界履修済み息子とパパが底辺から抜け出すために頑張ります。大樹は奴隷の身から脱出できるのか? そしてディオンはニコイチ親子を攻略できるのか?

聖獣がなつくのは私だけですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
3姉妹の3女であるエリッサは、生まれた時から不吉な存在だというレッテルを張られ、家族はもちろん周囲の人々からも冷たい扱いを受けていた。そんなある日の事、エリッサが消えることが自分たちの幸せにつながると信じてやまない彼女の家族は、エリッサに強引に家出を強いる形で、自分たちの手を汚すことなく彼女を追い出すことに成功する。…行く当てのないエリッサは死さえ覚悟し、誰も立ち入らない荒れ果てた大地に足を踏み入れる。死神に出会うことを覚悟していたエリッサだったものの、そんな彼女の前に現れたのは、絶大な力をその身に宿す聖獣だった…!

35歳からの楽しいホストクラブ

綺沙きさき(きさきさき)
BL
『35歳、職業ホスト。指名はまだ、ありません――』 35歳で会社を辞めさせられた青葉幸助は、学生時代の後輩の紹介でホストクラブで働くことになったが……――。 慣れないホスト業界や若者たちに戸惑いつつも、35歳のおじさんが新米ホストとして奮闘する物語。 ・売れっ子ホスト(22)×リストラされた元リーマン(35) ・のんびり平凡総受け ・攻めは俺様ホストやエリート親友、変人コック、オタク王子、溺愛兄など ※本編では性描写はありません。 (総受けのため、番外編のパラレル設定で性描写ありの小話をのせる予定です)

【完結】飛行機で事故に遭ったら仙人達が存在する異世界に飛んだので、自分も仙人になろうと思います ー何事もやってみなくちゃわからないー

光城 朱純
ファンタジー
空から落ちてる最中の私を助けてくれたのは、超美形の男の人。 誰もいない草原で、私を拾ってくれたのは破壊力抜群のイケメン男子。 私の目の前に現れたのは、サラ艶髪の美しい王子顔。 えぇ?! 私、仙人になれるの?! 異世界に飛んできたはずなのに、何やれば良いかわかんないし、案内する神様も出てこないし。 それなら、仙人になりまーす。 だって、その方が楽しそうじゃない? 辛いことだって、楽しいことが待ってると思えば、何だって乗り越えられるよ。 ケセラセラだ。 私を救ってくれた仙人様は、何だか色々抱えてそうだけど。 まぁ、何とかなるよ。 貴方のこと、忘れたりしないから 一緒に、生きていこう。 表紙はAIによる作成です。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

もうなんか大変

毛蟹葵葉
エッセイ・ノンフィクション
これしか言えん

処理中です...