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第30章 受け継がれる未来へ

521.緩やかな変化は平和な証

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 十年も経てば、周囲の状況は緩やかな変化を見せ始める。幼さを見せながら学校へ通ったイヴは、立派なお姉さんへ成長した。今ではルキフェルと魔法陣を作って、あれこれと悪戯をしては叱られている。

 変なところだけ父親似なんだから、と溜め息を吐くリリスは変化なし。こちらはある意味、マイペースだった。ルシファーもそうだが、成人してしまえば変化はほぼ見られない。

 ずっと抱っこで過ごしていたシャイターンは、元気に走り回っていた。護衛についたロアを、ようやく番相手として認識し始めたらしい。独占欲を見せ、他の魔狼が近づくと牽制する。

「パパ! お姉ちゃんが取った!」

「違うわよ、私のだと言ったでしょ」

 ぷんぷんと怒りを露わにするのは、イヴの方だ。母親そっくりの黒髪を乱暴にかき上げる。乙女趣味のリリスと違い、イヴはすっきりした衣服を好むようになった。

 フリルやレースがたっぷりのドレスを嫌い、イポスのように騎士服に憧れている。紛らわしいのとルシファーの反対で、シンプルなパンツルックに収まった。

 今日は白いシャツに紺色の半ズボン姿だ。イポスを真似て剣術を習い始め、髪も後ろの高い位置で結んでいた。腰に剣帯を巻き、元気に走っていく。

「イヴ、今日は晩餐会があるからな」

 遅れるなよ、とか。着替えがあるから早く戻れ、とか。言えば反発されるので「わかった」の返事を信じて送り出した。ルシファーにしたら、どんな姿を好もうと愛娘である事実は変わらない。

「パパ、僕はロアと一緒がいい」

「連れておいで」

 断る理由はない。息子に番が確定したのはもちろん、魔獣だったのも驚いた。だが反対する理由はない。番を引き裂くと魔王城が半壊する、と諺になっている翡翠竜も今日は参加予定だった。

 魔王一家と大公、大公女それぞれの家族が参加する。月に一度は全員で顔を合わせようと決まったイベントだが、不思議と欠席者はいなかった。親子関係が拗れたり、言い争いをした翌日でも、必ず参加する。大人は無理に取り成そうとせず、仲裁などもしなかった。

 自分達で解決する癖をつけなくては、魔族は衰退していってしまう。それがルシファーの持論だった。魔族の繁栄はかつてなく、故に民は魔王への信仰を深める。

 純白の魔王がいれば、自分達は安泰なのだと。暗示に似た感覚で、繁栄を享受して従った。

「執務に行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 薔薇のお風呂に入るリリスの額にキスをして、ルシファーは執務室へ向かう。アスタロトがすでに仕事を始めており、目の前に用意された書類に着手した。半分ほど終わったところでお茶を楽しみ、ふと報告書に目を止める。

「この崖崩れは収まったのか」

「ああ、温泉街の裏で起きた噴火の影響でしたね。噴火はピヨが収めましたし、炎龍のデカラビア子爵一族がよく働いてくれました。アムドゥスキアスの報告通りです」

 翡翠竜も字が上手くなった。災害復興の担当になってから、レライエと特訓したらしい。報告書と申請書をよく書くためだろう。レライエは現在、三回目の妊娠中だ。休暇をとっているが、今回は悪阻が酷いと聞いた。食べ物の匂いでもダメなので、欠席連絡が入っている。

 付き添いでアムドゥスキアスも欠席、代わりに琥珀竜のゴルティーが一家の代表だ。以前から仲が良かったイヴと、さらに親交を深めているのでは? と魔王の監視対象になっていた。

 黄金の鱗を持つゴルティーは、最近になって治癒魔法を極めたらしい。即死でなければ、治療が可能だとか。病に関しては、ほぼ問題ない。今後何か仕事を与えるなら、治癒関係がいいだろう。あれこれ考えながら、ルシファーは残った書類に署名押印を終えた。

「お疲れ様です」

「今夜は晩餐がメインだからな」

 まだ一日は長い。やや傾きかけた午後の日差しを前に、ルシファーは眩しさに目を細めた。
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