483 / 530
第27章 春の芽吹き
481.目を疑う不思議な消え方
しおりを挟む
アスタロトが動かないなら、緊急性はないはずよね。ベルゼビュートはそう判断した。犯人を見つけるまで邪魔をせず、見失わないよう着いていけばいい。
魔の森は精霊女王にとって庭のようなもの。生い茂る木々や草も、長く伸びた蔓も邪魔をしない。けれど、獣人には歩きづらい環境のはずだった。ルーサルカは半獣人で、人族の血が入っている。だから獣化は出来なかった。
獣化した獣人は、魔獣と同じように森を自由に歩き回れる。しかし人の形をしたままなら……木々の枝は行手を遮り、足元の草や蔓は絡みつく。躓いたり手で払う様子もなく、ルーサルカは歩き続けた。
「あの子、操られてるのかしら」
あまりに普段と違う足音や姿勢に、ベルゼビュートは眉を寄せた。あんなに猫背な子ではない。なにより、足音がまったく違った。
アスタロト大公夫人アデーレの教育を受けて育ったルーサルカは、その姿勢の良さや美しい立ち姿で有名だ。獣人系はこんなに足音を立てない。不審が募る一方、ベルゼビュートは首を傾げた。
アスタロトはまだ動かないの?
犯人が見つかるまで我慢する気だとしても、珍しいわね。この時点で怒って魔力を手繰りそう……そこでベルゼビュートは目を凝らす。違和感の正体に気づいた。
「……魔力がない?」
操る魔力が感じられないだけでなく、ルーサルカの魔力も感じ取れない。これは見失ったら終わりだと、冷や汗が背を濡らした。
アスタロトが影に潜んだのは正解ね。逸れる心配がない上、尾行に気づかれないわ。影に潜んだアスタロトは異次元にいるため、魔力が漏れ出すことはなかった。
突然、ぴたりと足を止めるルーサルカ。ベルゼビュートは足元の茂みに蹲った。ピンクの髪は目立つので、代わりに小さな精霊と視界をリンクさせる。ふわふわと漂う精霊は、しっかり目撃していた。
「っ! うそぉ!!」
魔力も魔法陣もなく、ルーサルカが消えた。転移のように一瞬でいなくなり、魔力の痕跡もない。思わず叫んで立ち上がり、駆け寄った。彼女が立っていた場所は、踏みしめた跡がある。しかし穴もなければ、魔法の痕跡も感じられなかった。
「消えちゃったわ」
呟いた後、大急ぎでルシファーへ念話を送る。ついでに自分が見た映像も添付した。これで状況が分かるといいけれど。
「ベルゼ、お前……寝てたのか?」
「起きてますわよ!!」
転移してきたルシファーに、夢でも見たのかと言われ、むっとして反論する。指差した足跡の前で、ルシファーが屈んだ。リリスは周囲を見回し、耳を澄ませるような仕草をする。手を耳に当てて、遠くの音を聞こうとするような……。
「転移のように消えたんだったな」
「ええ、一瞬でしたわ。それに加えて歩き方も姿勢もおかしかったですし。おそらく意識を乗っ取られていたと思いますの」
魔王と女大公の話を聞かず、リリスは森の声に耳を傾けた。木々が知る情報を探り、親友の気配を追う。目を閉じてじっと動かずにいたリリスは、足元を指差した。
「……地下水脈があるわ」
魔の森にとって血管のような存在だ。地下水脈は、地脈とは別だった。大切な栄養素を運ぶ水が血管なら、魔力を流す地脈は神経のようなもの。どちらが欠けても、森は機能しない。
「地下水脈を通ったのか?」
ルシファーの頭の中に、過去の事例が浮かんでは消える。魔族で水に属する種族はいくつか思い浮かぶが、水脈を利用した事件は覚えがなかった。
「この水脈、流れがおかしいの。まっすぐ海に通じてるわ」
魔の森の娘は、確信を持って指摘した。この水脈の先に海があり、犯人も拐われた人もそこにいる――と。
魔の森は精霊女王にとって庭のようなもの。生い茂る木々や草も、長く伸びた蔓も邪魔をしない。けれど、獣人には歩きづらい環境のはずだった。ルーサルカは半獣人で、人族の血が入っている。だから獣化は出来なかった。
獣化した獣人は、魔獣と同じように森を自由に歩き回れる。しかし人の形をしたままなら……木々の枝は行手を遮り、足元の草や蔓は絡みつく。躓いたり手で払う様子もなく、ルーサルカは歩き続けた。
「あの子、操られてるのかしら」
あまりに普段と違う足音や姿勢に、ベルゼビュートは眉を寄せた。あんなに猫背な子ではない。なにより、足音がまったく違った。
アスタロト大公夫人アデーレの教育を受けて育ったルーサルカは、その姿勢の良さや美しい立ち姿で有名だ。獣人系はこんなに足音を立てない。不審が募る一方、ベルゼビュートは首を傾げた。
アスタロトはまだ動かないの?
犯人が見つかるまで我慢する気だとしても、珍しいわね。この時点で怒って魔力を手繰りそう……そこでベルゼビュートは目を凝らす。違和感の正体に気づいた。
「……魔力がない?」
操る魔力が感じられないだけでなく、ルーサルカの魔力も感じ取れない。これは見失ったら終わりだと、冷や汗が背を濡らした。
アスタロトが影に潜んだのは正解ね。逸れる心配がない上、尾行に気づかれないわ。影に潜んだアスタロトは異次元にいるため、魔力が漏れ出すことはなかった。
突然、ぴたりと足を止めるルーサルカ。ベルゼビュートは足元の茂みに蹲った。ピンクの髪は目立つので、代わりに小さな精霊と視界をリンクさせる。ふわふわと漂う精霊は、しっかり目撃していた。
「っ! うそぉ!!」
魔力も魔法陣もなく、ルーサルカが消えた。転移のように一瞬でいなくなり、魔力の痕跡もない。思わず叫んで立ち上がり、駆け寄った。彼女が立っていた場所は、踏みしめた跡がある。しかし穴もなければ、魔法の痕跡も感じられなかった。
「消えちゃったわ」
呟いた後、大急ぎでルシファーへ念話を送る。ついでに自分が見た映像も添付した。これで状況が分かるといいけれど。
「ベルゼ、お前……寝てたのか?」
「起きてますわよ!!」
転移してきたルシファーに、夢でも見たのかと言われ、むっとして反論する。指差した足跡の前で、ルシファーが屈んだ。リリスは周囲を見回し、耳を澄ませるような仕草をする。手を耳に当てて、遠くの音を聞こうとするような……。
「転移のように消えたんだったな」
「ええ、一瞬でしたわ。それに加えて歩き方も姿勢もおかしかったですし。おそらく意識を乗っ取られていたと思いますの」
魔王と女大公の話を聞かず、リリスは森の声に耳を傾けた。木々が知る情報を探り、親友の気配を追う。目を閉じてじっと動かずにいたリリスは、足元を指差した。
「……地下水脈があるわ」
魔の森にとって血管のような存在だ。地下水脈は、地脈とは別だった。大切な栄養素を運ぶ水が血管なら、魔力を流す地脈は神経のようなもの。どちらが欠けても、森は機能しない。
「地下水脈を通ったのか?」
ルシファーの頭の中に、過去の事例が浮かんでは消える。魔族で水に属する種族はいくつか思い浮かぶが、水脈を利用した事件は覚えがなかった。
「この水脈、流れがおかしいの。まっすぐ海に通じてるわ」
魔の森の娘は、確信を持って指摘した。この水脈の先に海があり、犯人も拐われた人もそこにいる――と。
10
お気に入りに追加
746
あなたにおすすめの小説
転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。
いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!
町島航太
ファンタジー
ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。
ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。
前代未聞のダンジョンメーカー
黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。
けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。
というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない?
そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。
小説家になろうでも掲載しております。
クソガキ、暴れます。
サイリウム
ファンタジー
気が付いたら鬱エロゲ(SRPG)世界の曇らせ凌辱負けヒロイン、しかも原作開始10年前に転生しちゃったお話。自分が原作のようになるのは死んでも嫌なので、原作知識を使って信仰を失ってしまった神様を再降臨。力を借りて成長していきます。師匠にクソつよお婆ちゃん、騎馬にクソデカペガサスを連れて、完膚なきまでにシナリオをぶっ壊します。
ハーメルン、カクヨム、なろうでも投稿しております。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】
ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる