481 / 530
第27章 春の芽吹き
479.承諾したけれど不満は隠せない
しおりを挟む
翌朝、執務室はやたらと重い空気に包まれていた。というか、一人が延々と愚痴をこぼす。昨夜は義娘一家と団らんの時間を過ごしたんじゃないのか? なぜ機嫌が悪い。
ルシファーはアスタロトを遠巻きにしながら、ベルゼビュートの用意したお茶を口にする。
「これは……何の味だ?」
「ドクダミですわ。ハーブの一種でお茶にすると教えてもらいましたの」
にこにこと機嫌のいいベルゼビュートには悪いが、口に合わない。独特の香りも鼻についた。そっと収納空間へ流し込んだ。後できちんと捨てなければ、忘れた頃に別の収納品と一緒に出てきそうだ。代わりに収納から取り出した茶葉をカップの中で蒸らした。
魔法でお湯を沸かしてじっくり香りと味を出し、水色を確認してから茶葉だけ収納へ戻す。ゴミを散らかさないのは立派だが、ルシファーの収納内に保管されたゴミの量を考えると……ぞっとする。
結局捨て忘れて、数千年そのまま保管することも少なくなかった。収納に使う亜空間の時間が止まることが唯一の救いだった。そうでなければ、カビだらけだろう。
香りの強いドクダミ茶を飲むベルゼビュートが交換に気づいてないのを確認し、隣で欠伸する妻リリスのお茶も入れ替えた。匂いを確認し、いつもの紅茶と判断したリリスが一口飲む。
「アシュタはどうして機嫌悪いのかしら」
「一度は納得したが、やっぱり危険だと唸ってるんじゃないか?」
他に心当たりはない。ルシファーの投げやりな推測は、大当たりだった。口の中でもごもごと繰り返される愚痴は、危険な任務を任せるに至った経緯や犯人への怨嗟に満ちていた。
そもそもが、魔王軍がもっと早くに犯人を捕獲していればよかったのだ。ルーサルカが心配して、囮に名乗りを上げることもなかった。承認してしまった以上、今さら撤回はしないが……気に入らない。最初から最後まで影に潜む決意をして、アスタロトは怨嗟の声を止めた。
同時にノックの音が響く。
「おはようございます。よろしくお願いします」
礼儀正しく入室したのは、今回の囮役であるルーサルカだった。夫アベルも同行している。
「おはよう。面倒な役をお願いするが、よろしく頼む」
ルシファーが応じると、彼女は嬉しそうに頷いた。過去に親から見捨てられた経験は、ルーサルカの性格形成に大きな影響を与えている。誰かに頼られたり、役に立つことに意義を見出すのだ。
人族の母親は彼女を放棄したが、もし魔族として魔の森に育っていたら、そんな不快な記憶はなかっただろう。たとえ犯罪者の子であろうと、魔族に差別意識はないのだから。運が悪かったとしか表現しようがない。
「ルカ、おはよう」
「おはようございます、リリス様」
にこにこと挨拶を交わす二人を前に、アスタロトは何か言いかけて呑み込む。やっぱりやめて欲しいのが本音だった。その辺はルシファーも理解できるので、もしルーサルカが中止を申し出たら受け入れる気だ。
「囮の件だが」
やめてもいいんだぞ。そう続ける前に、勢い込んだルーサルカが遮った。
「頑張ります!」
「あ……うん、頼む」
それ以上、ルシファーに何が言えただろう。同じように我慢したアスタロトは、逆に守り抜く決意を固めていた。昨夜、妻アデーレにもしっかり約束している。ルーサルカにケガを負わせず、確実に守ると。
作戦はあまり複雑にしなかった。相手の種族や得意な武器もわからぬうちに、詳細な計画を立てても無駄に終わることが多い。経験から、行き当たりばったりに近い計画になった。だが、逃げるべき場面については、念入りに教え込む。
「任せて、お義父様」
ここで敢えて「アスタロト大公閣下」と呼ばない辺り、ルーサルカは義父の扱いがうまい。
「では転移で現場付近へ移動します」
広い魔の森に散らばる獣人族の街や集落、そのひとつに向けて全員で飛んだ。
ルシファーはアスタロトを遠巻きにしながら、ベルゼビュートの用意したお茶を口にする。
「これは……何の味だ?」
「ドクダミですわ。ハーブの一種でお茶にすると教えてもらいましたの」
にこにこと機嫌のいいベルゼビュートには悪いが、口に合わない。独特の香りも鼻についた。そっと収納空間へ流し込んだ。後できちんと捨てなければ、忘れた頃に別の収納品と一緒に出てきそうだ。代わりに収納から取り出した茶葉をカップの中で蒸らした。
魔法でお湯を沸かしてじっくり香りと味を出し、水色を確認してから茶葉だけ収納へ戻す。ゴミを散らかさないのは立派だが、ルシファーの収納内に保管されたゴミの量を考えると……ぞっとする。
結局捨て忘れて、数千年そのまま保管することも少なくなかった。収納に使う亜空間の時間が止まることが唯一の救いだった。そうでなければ、カビだらけだろう。
香りの強いドクダミ茶を飲むベルゼビュートが交換に気づいてないのを確認し、隣で欠伸する妻リリスのお茶も入れ替えた。匂いを確認し、いつもの紅茶と判断したリリスが一口飲む。
「アシュタはどうして機嫌悪いのかしら」
「一度は納得したが、やっぱり危険だと唸ってるんじゃないか?」
他に心当たりはない。ルシファーの投げやりな推測は、大当たりだった。口の中でもごもごと繰り返される愚痴は、危険な任務を任せるに至った経緯や犯人への怨嗟に満ちていた。
そもそもが、魔王軍がもっと早くに犯人を捕獲していればよかったのだ。ルーサルカが心配して、囮に名乗りを上げることもなかった。承認してしまった以上、今さら撤回はしないが……気に入らない。最初から最後まで影に潜む決意をして、アスタロトは怨嗟の声を止めた。
同時にノックの音が響く。
「おはようございます。よろしくお願いします」
礼儀正しく入室したのは、今回の囮役であるルーサルカだった。夫アベルも同行している。
「おはよう。面倒な役をお願いするが、よろしく頼む」
ルシファーが応じると、彼女は嬉しそうに頷いた。過去に親から見捨てられた経験は、ルーサルカの性格形成に大きな影響を与えている。誰かに頼られたり、役に立つことに意義を見出すのだ。
人族の母親は彼女を放棄したが、もし魔族として魔の森に育っていたら、そんな不快な記憶はなかっただろう。たとえ犯罪者の子であろうと、魔族に差別意識はないのだから。運が悪かったとしか表現しようがない。
「ルカ、おはよう」
「おはようございます、リリス様」
にこにこと挨拶を交わす二人を前に、アスタロトは何か言いかけて呑み込む。やっぱりやめて欲しいのが本音だった。その辺はルシファーも理解できるので、もしルーサルカが中止を申し出たら受け入れる気だ。
「囮の件だが」
やめてもいいんだぞ。そう続ける前に、勢い込んだルーサルカが遮った。
「頑張ります!」
「あ……うん、頼む」
それ以上、ルシファーに何が言えただろう。同じように我慢したアスタロトは、逆に守り抜く決意を固めていた。昨夜、妻アデーレにもしっかり約束している。ルーサルカにケガを負わせず、確実に守ると。
作戦はあまり複雑にしなかった。相手の種族や得意な武器もわからぬうちに、詳細な計画を立てても無駄に終わることが多い。経験から、行き当たりばったりに近い計画になった。だが、逃げるべき場面については、念入りに教え込む。
「任せて、お義父様」
ここで敢えて「アスタロト大公閣下」と呼ばない辺り、ルーサルカは義父の扱いがうまい。
「では転移で現場付近へ移動します」
広い魔の森に散らばる獣人族の街や集落、そのひとつに向けて全員で飛んだ。
10
お気に入りに追加
746
あなたにおすすめの小説
転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。
戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。
隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。
婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。
しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……
いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!
町島航太
ファンタジー
ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。
ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。
クソガキ、暴れます。
サイリウム
ファンタジー
気が付いたら鬱エロゲ(SRPG)世界の曇らせ凌辱負けヒロイン、しかも原作開始10年前に転生しちゃったお話。自分が原作のようになるのは死んでも嫌なので、原作知識を使って信仰を失ってしまった神様を再降臨。力を借りて成長していきます。師匠にクソつよお婆ちゃん、騎馬にクソデカペガサスを連れて、完膚なきまでにシナリオをぶっ壊します。
ハーメルン、カクヨム、なろうでも投稿しております。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】
ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる