465 / 530
第26章 魔の森の目覚め
463.燃え上がる噂は匙加減ひとつ
しおりを挟む
シャイターンを抱いて、執務室で処理を始める。赤子を抱いての執務は久しぶりで、侍従達が通りがかるたびに「懐かしい」と目を細めた。
「ふぇっ」
泣くために息を大きく吸ったところへ、おしゃぶりを咥えさせる。モゴモゴする息子はオムツではなく空腹だろう。空中へ手を突っ込み、収納からミルクを取り出した。適温の上、リリスの母乳が混ぜてある。
イヴ以上に成長がゆっくりのシャイターンが乳離れするのは、まだ数年先かも知れない。途中でイヴのように急成長する可能性もあるが。頬に押し当て、ミルクの温度を再度確かめた。シャイターンの口からおしゃぶりを取る。
「ふぎゃあああぁ!」
全力で泣き始めた口元へ、ミルクの哺乳瓶を当てた。少し鼻を引くつかせ、すぐに噛みついた。最近歯が生えてきたらしい。痒いのも手伝い、授乳中に噛み付いたとか。
今日は恒例の奥様会があるので、シャイターンには哺乳瓶で我慢してもらう。必死で吸う息子は頬を赤く染めて、哺乳瓶を持つように小さな手を添えた。
「可愛いなぁ」
思わず漏れた声に、アスタロトは溜め息をついた。説教が始まるかに思われたが、ペンを置いて同意する。
「分かります、私も娘のモルガーナが可愛くて仕方ありません」
「離れているのがつらければ、連れてきてもいいんだぞ?」
「ダメです。まだアデーレと離せません」
アデーレも来ればいいのに。そう言いかけて、慌てて口を噤んだ。真面目な侍女長のこと、出勤という形でなくても魔王城に来れば、あれこれ気になって指図するだろう。それでも足りなくて働き出したりしたら……出産直後の体に悪い。何より、アスタロトも怖い。
「早めに切り上げていいぞ」
「ええ、そうですね。最近はルシファー様もきちんと仕上げてくださるので、助かります」
文官に書類処理権限を分散したことで、かなりの署名削減に役立っていた。目を通す報告書の量は増えているが、逆に処理すべき署名押印の必要な書類は半減した。そこに加え、ルシファーが真面目に執務をこなすので、机に高い書類の山ができる回数も減る。
「そろそろ視察の時期ですね」
「ああ、もうそんな時期か」
季節の風物詩に似た行事だ。各地へ顔を出し、さまざまな種族の問題点やトラブルを聞き出して解決する。いわゆるお助け役としての視察だった。
人気の高い純白の魔王が視察に来るとなれば、立ち寄る街に人が溢れる。地方に住む者にとって、近くで魔王に接するチャンスなのだ。泊まりがけで顔を見に来る魔族も少なくなかった。
魔王城への転移魔法陣があちこちに設置されても、この風習は変わりそうにない。気軽に声をかけ、民の生活を大事にする魔王ルシファーを見る機会なのだから。楽しそうに民の話を聞き、解決するたびに話は背鰭尾鰭をつけて広まった。
時々、全く見当違いな噂が広まることもあるが、魔族はそれすら楽しんでいる。
「そうそう、先日面白い噂を耳にしました」
「ん? またオレ絡みか」
アスタロトがこの場面で持ち出すなら、自分に関する話だろう。ミルクを飲み終えたシャイターンを縦に抱っこし、背中を叩いてゲップを促す。けふぅと小さなゲップが聞こえ、用意した柵付きのベビーベッドへ我が子を下ろした。
護衛として控えるヤンが近づき、シャイターンをあやし始める。
「何でも、三人目のお子が出来たとか」
「誰に?」
「さて、どなたでしょうね」
「……心当たりがないぞ」
うーんと唸るルシファーだが、一つだけ思い当たる事件があった。もしかしなくても、数日前のアレか。
「これ、か?」
「ええ」
お腹を撫でる仕草をしたルシファーへ、アスタロトが苦笑いで頷いた。食べ過ぎたリリスがお腹を撫でながら、魔王城内を歩いていた日がある。目撃した誰かが勘違いしたのが始まりのようだ。どうせ数週間すれば、一周して何もなかったように消える。
「噂が消えるのに何日かかるか、賭けますか?」
「いつも通り二週間だ!」
「では三週間にしましょう」
にやりと笑ったアスタロトの策略で、新たな火種が投下された噂は、三週間後に鎮火した。
「ふぇっ」
泣くために息を大きく吸ったところへ、おしゃぶりを咥えさせる。モゴモゴする息子はオムツではなく空腹だろう。空中へ手を突っ込み、収納からミルクを取り出した。適温の上、リリスの母乳が混ぜてある。
イヴ以上に成長がゆっくりのシャイターンが乳離れするのは、まだ数年先かも知れない。途中でイヴのように急成長する可能性もあるが。頬に押し当て、ミルクの温度を再度確かめた。シャイターンの口からおしゃぶりを取る。
「ふぎゃあああぁ!」
全力で泣き始めた口元へ、ミルクの哺乳瓶を当てた。少し鼻を引くつかせ、すぐに噛みついた。最近歯が生えてきたらしい。痒いのも手伝い、授乳中に噛み付いたとか。
今日は恒例の奥様会があるので、シャイターンには哺乳瓶で我慢してもらう。必死で吸う息子は頬を赤く染めて、哺乳瓶を持つように小さな手を添えた。
「可愛いなぁ」
思わず漏れた声に、アスタロトは溜め息をついた。説教が始まるかに思われたが、ペンを置いて同意する。
「分かります、私も娘のモルガーナが可愛くて仕方ありません」
「離れているのがつらければ、連れてきてもいいんだぞ?」
「ダメです。まだアデーレと離せません」
アデーレも来ればいいのに。そう言いかけて、慌てて口を噤んだ。真面目な侍女長のこと、出勤という形でなくても魔王城に来れば、あれこれ気になって指図するだろう。それでも足りなくて働き出したりしたら……出産直後の体に悪い。何より、アスタロトも怖い。
「早めに切り上げていいぞ」
「ええ、そうですね。最近はルシファー様もきちんと仕上げてくださるので、助かります」
文官に書類処理権限を分散したことで、かなりの署名削減に役立っていた。目を通す報告書の量は増えているが、逆に処理すべき署名押印の必要な書類は半減した。そこに加え、ルシファーが真面目に執務をこなすので、机に高い書類の山ができる回数も減る。
「そろそろ視察の時期ですね」
「ああ、もうそんな時期か」
季節の風物詩に似た行事だ。各地へ顔を出し、さまざまな種族の問題点やトラブルを聞き出して解決する。いわゆるお助け役としての視察だった。
人気の高い純白の魔王が視察に来るとなれば、立ち寄る街に人が溢れる。地方に住む者にとって、近くで魔王に接するチャンスなのだ。泊まりがけで顔を見に来る魔族も少なくなかった。
魔王城への転移魔法陣があちこちに設置されても、この風習は変わりそうにない。気軽に声をかけ、民の生活を大事にする魔王ルシファーを見る機会なのだから。楽しそうに民の話を聞き、解決するたびに話は背鰭尾鰭をつけて広まった。
時々、全く見当違いな噂が広まることもあるが、魔族はそれすら楽しんでいる。
「そうそう、先日面白い噂を耳にしました」
「ん? またオレ絡みか」
アスタロトがこの場面で持ち出すなら、自分に関する話だろう。ミルクを飲み終えたシャイターンを縦に抱っこし、背中を叩いてゲップを促す。けふぅと小さなゲップが聞こえ、用意した柵付きのベビーベッドへ我が子を下ろした。
護衛として控えるヤンが近づき、シャイターンをあやし始める。
「何でも、三人目のお子が出来たとか」
「誰に?」
「さて、どなたでしょうね」
「……心当たりがないぞ」
うーんと唸るルシファーだが、一つだけ思い当たる事件があった。もしかしなくても、数日前のアレか。
「これ、か?」
「ええ」
お腹を撫でる仕草をしたルシファーへ、アスタロトが苦笑いで頷いた。食べ過ぎたリリスがお腹を撫でながら、魔王城内を歩いていた日がある。目撃した誰かが勘違いしたのが始まりのようだ。どうせ数週間すれば、一周して何もなかったように消える。
「噂が消えるのに何日かかるか、賭けますか?」
「いつも通り二週間だ!」
「では三週間にしましょう」
にやりと笑ったアスタロトの策略で、新たな火種が投下された噂は、三週間後に鎮火した。
0
お気に入りに追加
735
あなたにおすすめの小説
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
【柴犬?】の無双から始まる、冒険者科女子高生の日常はかなりおかしいらしい。
加藤伊織
ファンタジー
累計150万PV突破。へっぽこ+もふもふ+腹黒学園ファンタジー。
《毎日7・11・17時更新》サンバ仮面、ダメステアイドル、【柴犬?】いいえ、一番おかしいのは主人公!
これは、ダンジョンが当たり前にある世界の中で、冒険者科在籍なのにダンジョン一辺倒ではない女子高生の、かなーりおかしい日常を描いています。
県立高校冒険者科の女子高生・柳川柚香(やながわ ゆずか)は友人と訪れたダンジョンで首輪を付けていない柴犬に出会う。
誰かが連れてきたペットの首輪が抜けてしまったのだろうと思った柚香は、ダンジョン配信をしながら柴犬を保護しようとするが、「おいで」と声を掛けて舐められた瞬間にジョブ【テイマー】と従魔【個体α】を得たというアナウンスが流れた。
柴犬はめちゃくちゃ可愛い! でもこれ本当に柴犬なの? でも柴犬にしか見えないし! そして種族を見たらなんと【柴犬?】って! なんでそこにハテナが付いてるの!?
ヤマトと名付けた【柴犬?】は超絶力持ちで柚香を引きずるし、魔物の魔石も食べちゃうなかなかの【?】っぷり。
見ている分には楽しいけれど、やってる本人は大変なダンジョン配信は盛り上がりを見せ、なんと一晩で50万再生というとんでもない事態を引き起こす。
アイドルを助けたり謎のサンバ仮面が現れたり、柚香の周囲はトラブルだらけ。(原因として本人含む)
しかも柚香は、そもそも冒険者になりたくて冒険者科に入ったのではなかったのです! そこからもう周囲に突っ込まれていたり!
過激な多方面オタクで若俳沼のママ、驚きの過去を持ってたパパ、そしてダメステータスすぎてブートキャンプさせられる口の悪いリアル癒やし系アイドル(♂)に個性の強すぎるクラスメイトや先輩たち。
ひよっこテイマーの日常は、時々ダン配、日々特訓。友達の配信にも駆り出されるし、何故かアイドル活動までやっちゃったり!? 悩みがあれば雑談配信で相談もします。だって、「三人寄れば文殊の知恵」だからね!
夏休みには合宿もあるし、体育祭も文化祭も大騒ぎ。青春は、爆発だー!
我が道を行くつよつよ【柴犬?】、本当はアイドルしたくない俳優志望のアイドルたちと共に、「50万再生の豪運シンデレラガール・ゆ~か」は今日も全力で突っ走ります!
この作品は、他サイト(ハーメルン様、カクヨム様、小説家になろう様)でも連載しております。
※イメージ画像にAI生成画像を使用しております。
【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜
高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。
フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。
湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。
夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。
【完結】地味令嬢の願いが叶う刻
白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。
幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。
家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、
いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。
ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。
庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。
レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。
だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。
喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…
異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~転生赤ちゃんクマちゃんのもふもふ溺愛スローライフ~
猫野コロ
ファンタジー
転生したもこもこは動揺を隠し、震える肉球をなめ――思わず一言呟いた。
「クマちゃん……」と。
猫のような、クマのぬいぐるみの赤ちゃんのような――とにかく愛くるしいクマちゃんと、謎の生き物クマちゃんを拾ってしまった面倒見の良い冒険者達のお話。
犬に頭をくわえられ運ばれていたクマちゃんは、かっこいい冒険者のお兄さん達に助けられ、恩返しをしたいと考えた。
冷たそうに見えるが行動は優しい、過保護な最強冒険者の青年ルークに甘やかされながら、冒険者ギルドの皆の助けになるものを作ろうと日々頑張っている。
一生懸命ではあるが、常識はあまりない。生活力は家猫くらい。
甘えっこで寂しがり屋。異世界転生だが何も覚えていないクマちゃんが、アイテム無双する日はくるのだろうか?
時々森の街で起こる不思議な事件は赤ちゃんクマちゃんが可愛い肉球で何でも解決!
最高に愛らしいクマちゃんと、癖の強い冒険者達の愛と癒しと仲良しな日常の物語。
【かんたんな説明:良い声のイケメン達と錬金系ゲームと料理と転生もふもふクマちゃんを混ぜたようなお話。クマちゃん以外は全員男性】
【物語の主成分:甘々・溺愛・愛され・日常・温泉・お料理・お菓子作り・スローライフ・ちびっこ子猫系クマちゃん・良い声・イケボ・イケメン・イケオジ・ややチート・可愛さ最強・ややコメディ・ハッピーエンド!】
《カクヨム、ノベルアップ+、なろう、ノベマ!にも掲載中です》
没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!
日之影ソラ
ファンタジー
かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。
しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。
ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。
そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。
こちらの作品の連載版です。
https://ncode.syosetu.com/n8177jc/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる