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第25章 蘇った過去の思い出
447.気の所為です、二度言われた
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アスタロトが戻ってきたことで、書類の山はすぐに消えた。分類、分析、処理。有能なアスタロトのサポートは欠かせない。いなくても何とかなると考えたが、いるといないとでは大違いだった。
改めてアスタロトの事務処理能力に感心しながら、彼の机の脇の子犬に眉を寄せる。首輪をつけ、お座りを躾けられている真っ最中だった。なぜか右後脚が崩れる。その度に叱られ、強制的に直された。
ただの子犬ならただの躾なのだが、中身がアスモデウスなのだ。記憶の有無は確認できないが、もし記憶があったら……と思うと、気が気でない。
「アスタロト、その……アスモデウスには記憶があるかもしれないだろう?」
遠回しに優しくしてやれと告げれば、驚いたような顔をした後で笑顔を作った。それはもう楽しそうに、微笑みが嫌な気配を帯びる。
「ルシファー様がアスモデウスをそこまで大切になさっていたとは、存じ上げませんでしたね。失礼いたしました。ですが記憶はありませんよ。これはただの子犬です」
言い切ったアスタロトの発言を否定するように、アスモデウスが鳴いた。きゃんきゃん騒ぐ子犬の鼻先をぺちんと叩く。驚いた子犬が丸まった。
「い、今の……抗議みたいだが」
「気の所為です」
「えっと、その……助けを求める視線が」
「気の所為、ですよ」
怖い発言が二度続いたので、ルシファーは退くことにした。本能が警告する危険に近づかないのは、卑怯でも臆病でもない。これは戦略的撤退なのだ。きりっとした顔で「わかった」と頷いた。
アスモデウスに記憶があっても、記憶のないただの子犬だったとしても。アスタロトと対立するくらいなら、放置だ。真面目な顔で、魔王は一匹の魔族を見捨てた。
残酷なようだが、弱肉強食が魔族の掟だ。そもそもアスモデウスが、アスタロトに呪いを移したから今も遺恨が続いている。そう考えれば、自業自得でしかなかった。我が身を危険に晒しても守るほど、アスモデウスとの間に信頼関係はない。
目の前の書類を片付け、ほっと一息つく。今日はお茶の時間を長く取ったので、終わらないかと心配した。無事片付いたことに安堵して、椅子に寄りかかる。
きゃん! 甲高い声で存在を主張する子犬は、走り回ろうとしたところを唸ったヤンに叩き潰された。これでも元は大公クラスの実力者だったんだが。何とも哀れである。
「我が君、この阿呆めは我がきっちり躾けまする」
「有難い申し出ですが、私の愉しみなので……返していただけますか」
丁寧な口調で「愉しみ」と強調されれば、ヤンは素直に従う。彼の本能はきちんと仕事をしていた。捕まえた子犬をひょいと抱き上げ、紺色の衣を捌いたアスタロトが一礼する。
「今日はこれで失礼します。明日、アデーレが顔を見せるそうですよ」
「そうか、楽しみにしていると伝えてくれ」
見送って、そういえば彼の方が先に帰るのは珍しいと気づく。いつもルシファーの方が先に退室していた。滅多にない経験を楽しみつつ、ヤンを連れて執務室を出た。
「明日、イヴは保育園を休ませるべきかな」
アデーレに面倒を見てもらった娘は、かなり懐いていた。保育園に行っている間に、アデーレが来たと知れば泣くかも知れない。そんな呟きにヤンは大きく息を吐いた。
「我が君はお優しい方ですが、イヴ姫に甘すぎますぞ。ルールはルール、保育園に通わせるべきです」
「そうか? うーん」
悩みながら、私室の扉を開く。
「おかえり、パパ」
「パッパ!」
笑顔の子ども達に迎えられ、ルシファーは二人を抱き止める。明日のことはリリスと相談しよう。一時的に問題を棚上げし、可愛い二人との時間を優先した。
改めてアスタロトの事務処理能力に感心しながら、彼の机の脇の子犬に眉を寄せる。首輪をつけ、お座りを躾けられている真っ最中だった。なぜか右後脚が崩れる。その度に叱られ、強制的に直された。
ただの子犬ならただの躾なのだが、中身がアスモデウスなのだ。記憶の有無は確認できないが、もし記憶があったら……と思うと、気が気でない。
「アスタロト、その……アスモデウスには記憶があるかもしれないだろう?」
遠回しに優しくしてやれと告げれば、驚いたような顔をした後で笑顔を作った。それはもう楽しそうに、微笑みが嫌な気配を帯びる。
「ルシファー様がアスモデウスをそこまで大切になさっていたとは、存じ上げませんでしたね。失礼いたしました。ですが記憶はありませんよ。これはただの子犬です」
言い切ったアスタロトの発言を否定するように、アスモデウスが鳴いた。きゃんきゃん騒ぐ子犬の鼻先をぺちんと叩く。驚いた子犬が丸まった。
「い、今の……抗議みたいだが」
「気の所為です」
「えっと、その……助けを求める視線が」
「気の所為、ですよ」
怖い発言が二度続いたので、ルシファーは退くことにした。本能が警告する危険に近づかないのは、卑怯でも臆病でもない。これは戦略的撤退なのだ。きりっとした顔で「わかった」と頷いた。
アスモデウスに記憶があっても、記憶のないただの子犬だったとしても。アスタロトと対立するくらいなら、放置だ。真面目な顔で、魔王は一匹の魔族を見捨てた。
残酷なようだが、弱肉強食が魔族の掟だ。そもそもアスモデウスが、アスタロトに呪いを移したから今も遺恨が続いている。そう考えれば、自業自得でしかなかった。我が身を危険に晒しても守るほど、アスモデウスとの間に信頼関係はない。
目の前の書類を片付け、ほっと一息つく。今日はお茶の時間を長く取ったので、終わらないかと心配した。無事片付いたことに安堵して、椅子に寄りかかる。
きゃん! 甲高い声で存在を主張する子犬は、走り回ろうとしたところを唸ったヤンに叩き潰された。これでも元は大公クラスの実力者だったんだが。何とも哀れである。
「我が君、この阿呆めは我がきっちり躾けまする」
「有難い申し出ですが、私の愉しみなので……返していただけますか」
丁寧な口調で「愉しみ」と強調されれば、ヤンは素直に従う。彼の本能はきちんと仕事をしていた。捕まえた子犬をひょいと抱き上げ、紺色の衣を捌いたアスタロトが一礼する。
「今日はこれで失礼します。明日、アデーレが顔を見せるそうですよ」
「そうか、楽しみにしていると伝えてくれ」
見送って、そういえば彼の方が先に帰るのは珍しいと気づく。いつもルシファーの方が先に退室していた。滅多にない経験を楽しみつつ、ヤンを連れて執務室を出た。
「明日、イヴは保育園を休ませるべきかな」
アデーレに面倒を見てもらった娘は、かなり懐いていた。保育園に行っている間に、アデーレが来たと知れば泣くかも知れない。そんな呟きにヤンは大きく息を吐いた。
「我が君はお優しい方ですが、イヴ姫に甘すぎますぞ。ルールはルール、保育園に通わせるべきです」
「そうか? うーん」
悩みながら、私室の扉を開く。
「おかえり、パパ」
「パッパ!」
笑顔の子ども達に迎えられ、ルシファーは二人を抱き止める。明日のことはリリスと相談しよう。一時的に問題を棚上げし、可愛い二人との時間を優先した。
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【作者からのコメント】
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