上 下
397 / 530
第21章 海も魔族の一員です

395.仕事より優先です?!

しおりを挟む
「ちょ! アスタロト。オレの仕事の邪魔するな」

「我が妻のことです。妊娠中なのですよ? 仕事より優先です」

 思わぬセリフに、全員が固まった。驚き過ぎて反論を忘れたルシファー、変な顔で首を傾げるリリス。アデーレはぽかんと口を開いて「あらぁ」と数回繰り返した。

 仕事一筋の男から出た「仕事より優先です」は、破壊力が大きかった。よろめく魔王と、大喜びで手を叩く魔王妃を放り出し、吸血鬼王は妻を連れて退場した。残された夫婦は顔を見合わせ、ヤンが震えながら呟く。

「我が君、もしや我はすでに死んでいるのでは……」

「安心しろ、まだ生きている。何しろ、オレも聞いたからな」

 間違いない。明日は雪や雨ではなく、スッポンが降るに違いない。失礼な表現のルシファーだが、そのくらい驚いた。振り返ると、ずっと無言だったベルゼビュートが床に座り込んでいる。

 綺麗に巻いたピンクの毛先が床に触れても気にせず、ぶつぶつと病んだ様子で「信じられない」を繰り返した。

「……今日の謁見は終わりだ。ベルゼ、いいか……何も見なかったし聞かなかった。お前は無事仕事を終えたんだ」

 なぜか暗示にかけるように言い聞かされ、ベルゼビューとはよろりと立ち上がった。

「見てないし聞いてないわ。帰ります」

「そうしろ」

 うっかり覚えているとバレたら、精霊女王が吸血鬼王に消される。魔王の心配を全身に受け、よろめきながらベルゼビュートも大広間を後にした。

 ぐるりと見回し、他に余計なことを聞いた者がいないのを確かめ、ルシファーは歩き出す。隣をイヴとリリスを乗せたヤンが、ふらふらと続いた。自室に戻ってがっちり結界を張り、声も振動もすべて遮った途端、ルシファーは耐えきれず溢した。

「あのアスタロトが、妻の心配……仕事より優先で?!」

「アシュタはアデーレを好きだもの。でも、どうしてアデーレは来たのかしら」

 アデーレがアスタロトに会いに来たことは当然と考えるリリスは、別の視点で疑問を呈した。そこが引っかかったので、変な顔をして首を傾げたらしい。

「会いたかったんじゃないのか?」

「それだけなら呼べばいいじゃない。あの様子ならすぐ飛んでくるわ」

 確かにその通りだ。普段ならともかく、身重のアデーレを心底心配していた。なら、呼ぶだけでいい。体調がイマイチの状況で、自分から出向いた理由……。

「うん、わからん」

 あっさりとルシファーは匙を投げた。他人の心境など推し量っても答えは出ない。ましてや考えが恐ろしい方向へ向く側近と、そんな彼を愛した押しかけ女房の心境だ。まったく想像出来なかった。

「気になるから、皆と話して」

「ちょい待て、リリス。それをしたらアスタロトに殺されるぞ」

 ルーサルカ達と情報共有して、意見をもらおう。普段なら止めないが、今回は危険すぎた。真剣な夫の呼び止めに、リリスは素直にヤンの毛皮へ戻る。

「パッパ、お腹すいた」

 両親の騒ぎで目を覚ましたイヴは、にこにこと食事を強請る。おそらく欲しいのは果物だろう。いつもならおやつを食べる時間を過ぎていた。

「おやつにしような、イヴ」

 抱き上げて、頬擦りする。手慣れた様子で、収納から皿やカトラリーを取り出して並べた。さらにメモを数枚書くと、転送して代わりに果物を回収する。以前勝手に持ち出し、在庫が合わなくなった。料理番のイフリートに叱られ、対策としてメモを残すことにしたのだ。

 果物をくるくると器用に剥いて、イヴの前に置いた皿へ置く。汚れてもいいように、専用エプロンをして食べさせた。

「ママも」

「ええ、今行くわ」

 よその夫婦の話に首を突っ込むことを諦め、リリスも席に着いた。丸ごとリンゴや剥いた皮を、ヤンが平らげていく。盛り上がる扉の外で、何度もノックした侍従長のベリアルが溜め息を吐いた。

「結界を張って何を……はっ!」

 もしや、安定期に入った妃殿下と仲良くしておられる? ヤンがいることを知らないベリアルは、運んだ食事を一度下げてしまった。夕食が届かないことに気づいて結界を解除したルシファーは、彼の誤解を解くのに数十分の言い訳を並べることとなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです

三園 七詩
ファンタジー
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

エリザベートは悪役令嬢を目指す! <乙女ゲームの悪役令嬢に転生したからと言って悪女を止めたら、もう悪役令嬢じゃないよね!1>

牛一/冬星明
ファンタジー
目が覚めたら乙女ゲーの悪役令嬢に転生した。 どうなっているの? でも、私の大好きだった悪役令嬢のエリザベートだ。 最近、よくある話だな!? でも、破滅フラグを回避する為に悪役止めるなんておかしいと思わない。 いい子になったら悪役令嬢じゃないでしょう。 国外追放って簡単に言わないで! 大変だから罰になるのよ。 他国の者が生きてゆくのは大変なのよ。 利用されるか。 食い物にされるのがオチよ。 そんな巧い話はない。 そもそもヒールの方がかっこいい! 悪役最高。 ヒールを止めたら、もう悪役令嬢じゃないでしょう。 簒奪、拷問、洗脳、詐欺、扇動、冤罪でも何でもしましょう。 私は悪逆非道の悪女様だ! 悪役令嬢のままでハッピーエンドを目指します。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...