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第20章 子どもが増える理由

366.外へ出た引きこもりドラゴン

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 キャンプは事故もなく終わり、護衛に入った魔王軍のドラゴンが引き上げる。手伝っていた水の精霊族も、笑顔で帰っていった。子どもを連れた親が帰路につき、最後に樹人族が解散した。

 誰もいなくなった湧水池に、モラクスが舞い降りた。今度は我が子も一緒だ。人が消えた池で水浴びをし、身支度を整える。くーんと鼻を鳴らす娘をぺろりと舐め、モラクスは慣れた様子でぱくりと咥えた。

 魔力で浮遊し、火の粉を散らしながら飛び去る。魔の森の葉が少しばかり焦げたが、一瞬で回復した。くるりと旋回して方向を確認し、オレンジの巨竜は魔王城を目指す。

 久しぶりに顔を見た魔王ルシファーを思い浮かべた。ずっと前に遊んでもらった記憶がある。ルキフェル大公はいつの間にか大人になっていたが、それだけ長く引きこもった証拠だろう。モラクスは畳みっぱなしだった羽を大きく広げた。

 魔の森から立ち上る湯気のような魔力を吸い込み、森の木々から突き出た塔を目指す。ベール大公が心配していると聞いた。顔を見せて、娘をお披露目しておこう。

 ふわりと舞い降りたのは、城門前の広場だった。体が大きいので、中庭は難しい。特に長い尻尾が塀や壁にぶつかる可能性があった。芝と野花の広場に降りて、ゆっくりと深呼吸する。魔力を調整して、体を縮めていく。

「モラクス! 来たのか、待ってたぞ」

 来る日時の指定がなかったのに、待っていたと言われて嬉しくなった。大型の熊程度まで体を縮めたモラクスは、両手を広げるルシファーへ飛びつく。昔と同じ感覚だったが、慌てて直前でブレーキをかけた。押し倒すところだった。

 翼を広げたルシファーが首に手を回し、何度も背中を叩く。鬣のようなギザギザが目立つ火竜は、ゆらゆらと尻尾を揺らした。

「よし、ベールが来た」

 話せないわけではないが、モラクスは自分が嫌いだった。両親と違う属性、外見、やや低い声。それらを隠そうとした結果が、引きこもりだ。魔王ルシファーの仲介で両親の誤解は解けたが、モラクスは自分を好きになれなかった。

 時折訪ねてくる両親以外と接触せずに暮らしていたが、ある日迷い込んだドラゴンと子を成した。生まれた卵を温めて、10年で孵化させる。その一人娘を咥えて、ベールの前に下ろした。

 大きな赤い瞳をきらきらさせて、ベールの言葉を待つ。

「おかえりなさい、モラクス。立派な母親になったようで、安心しました」

 両親が愛情を注いでくれなかった期間、モラクスの面倒を見たのがベールとルキフェルだった。普段ならアスタロトが出てくるところだが、当時の彼はフェンリルの子である初代セーレの世話で忙しかったのだ。

 ルシファーはよく遊んでくれる人感覚だが、ベールやルキフェルに対しては家族のような親しみを覚えた。すでに両親はなく、余計にモラクスの愛情が募る。

「まだ話さないの? 僕は結構モラクスの声、好きだけどな」

 ルキフェルは無邪気にそう告げ、ふわりと浮いてモラクスの背中に跨る。昔からそうだった。魔法を使って飛び方を教え、一緒に遊んでくれた。幼子姿の頃は届かなかった腕を伸ばし、両手でぎゅっと抱きしめられる。

「おかえり、モリー」

「あ……た、だいま」

 数年ぶりに話したモラクスは、恥ずかしそうに笑った。大切な人達に出迎えられ、抱き付く娘を自慢げに見せる。穏やかな空間へ、リリスは無邪気に飛び込んだ。

「モラクス? 綺麗な鱗ね。母親同士でお茶を飲むんだけど、一緒にどう?」

 混じったら迷惑じゃないか。何を話せばいいんだろう。困惑した顔のモラクスが俯く。人化は上手じゃないし、断ろうにも何を言えばいい? そんな彼女の背を、ルシファーが押した。

「リリスに任せて大丈夫だ。他にもドラゴンの子が来るから、安心していいぞ」

 手を引かれて、とことことモラクスが付いていく。後ろからルシファーが、彼女の娘を抱いて続いた。見送ったベールが眉を寄せる。

「大丈夫でしょうか」

「嫌ならモラクスの態度に出るよ。初めてだから、どうしていいか分からないんでしょ」

 ルキフェルがそう言い切ったことで、ベールも苦笑いして表情を和らげた。
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