上 下
297 / 530
第17章 4歳の特別なお祝い

295.変色布は完成してしまった

しおりを挟む
 アラクネ達は張り切った。女郎蜘蛛の手足をフル活動して特殊な艶を帯びた変色絹を織り続け、目元に隈を作って現れる。この時点で断ることが出来なくなった。ほぼ無理難題に近い変色の要望に、彼女達はことごとく応えてきたのである。

 ここまで努力させておいて、今更「要らない」は言えなかった。笑顔で受け取るが、普段見慣れた紺や黒がこんなに派手だったことはない。光によって赤や青、金銀の光沢を帯びる様はとても珍しい。綺麗だと素直に思うが、それは自分が着用しない前提での感想だった。

「無理をさせた、感謝する」

 ルシファーはにっこりとアラクネ達にお礼を言った。

 女郎蜘蛛姿の彼女達だが、上半身は見目麗しい女性である。蜘蛛の8本脚に加え、人の両腕も備える彼女らは両手で頬を覆って「眼福」と呟いた。ちなみにアラクネは、蜘蛛部分に4個から8個の目を持っている。上半身の両眼とは違う物を見ているのだとか。魔力の大きさで蜘蛛の目の数が増えるらしい。

「いいえ。これからまだ布を織らないと足りませんし、この生地は今後の注文殺到が予想されるので、ハンカチを量産しておきたいんです」

 魔王夫妻や大公、大公女までが宣伝してくれる。それは魔族にとってハンカチ程度の生地でも手に入れたいだろう。いわゆるアイドルグッズを集める感覚だ。憧れの人が身に着ける生地と同じ色が欲しい。魔族にはごく普通の感覚なので、今後に備えてハンカチ用の生地を量産するようだ。

「ハンカチサイズで満足するのか?」

「魔王様は気になさらないでしょうが、この生地とても高価なんです。ハンカチでもかなりのお値段ですよ」

 アラクネは説明しながら、そっと納品予定の見積額を提示した。一人当たりの金額が、軽く通常ドレスの数倍である。思ったより高額だった。桁が違う。

「……なるほど」

「魔王城の衣装の予算は余っていますので、十分補えます」

 にこにこするアラクネだが、実は彼女達はとても散財する種族だった。というのも、自らの身を守る手段をほとんど持たないのだ。戦うことは無理で、脚や体は見た目に反して脆い。糸を作り出す蚕を保護したり、その餌になる葉を養殖する作業は外注だった。

 手先の器用なコボルトやエルフがよく手伝っている。それに加え、火や水への抵抗もあまりなく、ラミアのように性転換しての繁殖もないため、とにかく個体数が少なかった。魔物に襲われる可能性が高い彼女らは、護衛に巨人族やドライアドを利用している。

 生きていくだけでも金のかかる彼女らは、布に関する権利を独占して得た金銭を使う。だから批判されることが少なかった。お金がかかるなら自分達の特技を生かして稼ぐ方向なので、他種族も同情こそすれ彼女らの仕事の領域に手を出さない。まあ、もし服飾に手を出しても勝てないのが重要な理由だが。

「今日はこれで失礼します。お持ちした分はサンプルなので、改善点があればご連絡ください」

 そそくさと帰っていくアラクネの後ろを、デュラハンが護衛に入る。窓から見送る魔王とアスタロトは、中でサンプルを手にはしゃぐ大公女達に視線を向けた。やたら煌びやかな、あの布で作った服は遠慮したい。華美な装いを好まない二人の意見は、ぴたりと一致した。

「もう少し地味な衣装がよかったのですが」

「裏切ったのはお前だろ」

 溜め息をつく側近に、ルシファーは容赦なく指摘した。義娘の笑顔に釣られ、許可を出したのはこの男だ。ベールやルキフェルも含め、オレは巻き込まれた被害者だぞ。訴えるルシファーへ、アスタロトは目元を手で覆いながら呟いた。

「分かっています。だからこそ辛いんです」

「ルーサルカに「やめる」と言ってみたらどうだ?」

「冗談でしょう? そんなことしたら、私の信用が台無しです」

「お前の信用のせいで、オレが被害を被るんだな」

「じゃあ、リリス様にそう言ってごらんなさい」

「ぐっ……」

 結局似た者同士の二人は、それ以降、余計な口を開かなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生してスローライフ?そんなもの絶対にしたくありません!

シンさん
ファンタジー
婚約を破棄して、自由気ままにスローライフをしたいなんて絶対にあり得ない。 悪役令嬢に転生した超貧乏な前世をおくっいた泰子は、贅沢三昧でくらせるならバッドエンドも受け入れると誓う。 だって、何にも出来ない侯爵令嬢が、スローライフとか普通に無理でしょ。 ちょっと人生なめてるよね。 田舎暮らしが簡単で幸せだとでもおもっているのかしら。 そのおめでたい考えが、破滅を生むのよ! 虐げられてきた女の子が、小説の残虐非道な侯爵令嬢に転生して始まるズッコケライフ。

ゴミスキル『空気清浄』で異世界浄化の旅~捨てられたけど、とてもおいしいです(意味深)~

夢・風魔
ファンタジー
高校二年生最後の日。由樹空(ゆうきそら)は同じクラスの男子生徒と共に異世界へと召喚された。 全員の適正職業とスキルが鑑定され、空は「空気師」という職業と「空気清浄」というスキルがあると判明。 花粉症だった空は歓喜。 しかし召喚主やクラスメイトから笑いものにされ、彼はひとり森の中へ置いてけぼりに。 (アレルギー成分から)生き残るため、スキルを唱え続ける空。 モンスターに襲われ樹の上に逃げた彼を、美しい二人のエルフが救う。 命を救って貰ったお礼にと、森に漂う瘴気を浄化することになった空。 スキルを使い続けるうちにレベルはカンストし、そして新たに「空気操作」のスキルを得る。 *作者は賢くありません。作者は賢くありません。だいじなことなのでもう一度。作者は賢くありません。バカです。 *小説家になろう・カクヨムでも公開しております。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう
ファンタジー
書籍1~8巻好評発売中!  コミカライズ連載中! コミックス1~3巻発売決定! ビッグバロッグ王国・大貴族エストレイヤ家次男の少年アシュト。 魔法適正『植物』という微妙でハズレな魔法属性で将軍一家に相応しくないとされ、両親から見放されてしまう。 そして、優秀な将軍の兄、将来を期待された魔法師の妹と比較され、将来を誓い合った幼馴染は兄の婚約者になってしまい……アシュトはもう家にいることができず、十八歳で未開の大地オーベルシュタインの領主になる。 一人、森で暮らそうとするアシュトの元に、希少な種族たちが次々と集まり、やがて大きな村となり……ハズレ属性と思われた『植物』魔法は、未開の地での生活には欠かせない魔法だった! これは、植物魔法師アシュトが、未開の地オーベルシュタインで仲間たちと共に過ごすスローライフ物語。

処理中です...