上 下
281 / 530
第16章 魔王様の育児論

279.マグマの調査でひと泳ぎ

しおりを挟む
 夫であるルシファーが視察に向かったと聞いて、保育園からイヴを引き取ったリリスは中庭へ向かう。魔法陣の構築は苦手だし、ルシファーの魔力を終点に飛ぶのも不安定だ。ならば近くまで、転移魔法陣を利用すればいい。簡単に考えを纏め、中庭の魔法陣を眺めた。

 どれかしら。行き先を読み解いていると、騒がしい一角に気づいた。魔王軍の数人が、ひとつの魔法陣に飛び込む。リリスは我が子を抱いたまま近づき、文字を読んで頷いた。これだわ。

「リリス様、何を……」

 気付いたベールの声を無視して、ぽんと魔法陣に飛び乗る。転移された先は、噴火した草原に近い魔獣の住処だった。ヤンの親族である灰色狼が多く暮らす地区だ。

「わんわ!」

「あら、子どもがいっぱいね」

 子狼が生まれる時期と重なったため、太く短い脚の子狼が、転がるように近づいてきた。思わずしゃがんで撫でたところ、あっという間に囲まれてしまう。可愛いので、寄り道していきましょう。気軽にリリスはそう考え、イヴも笑顔で賛成した。

 その頃……ルシファーは焦っていた。リリスとイヴがこちらに向かったと報告を受け、そわそわしながら噴火口近くで待つこと15分。おかしい。そろそろ到着する頃なのだが?

 魔力を探れば、転移魔法陣出口から動いていなかった。もしかして、具合が悪くなったのか? 動けないのかも知れない。悪い方へ進む考えに青ざめる上司の肩を、ぽんとルキフェルが叩いた。

「ここは僕がいるから、行ってきて」

「あ、ああ。悪いが頼む」

 ここで強がって妻子を後回しにする男ではない。ルシファーは大急ぎで翼を広げて飛んでいった。その後ろ姿を見送りながら、ルキフェルが首を傾げる。

「なんで転移しなかったんだろ」

 単に思いつかなかっただけだが、それは魔王軍の精鋭達により、良い方へ解釈された。

「現場の磁場が狂ってるから、危険だと判断されたのでは?」

「ふーん、まあいいや」

 ルキフェルは気乗りのしない返事をした後、ベルゼビュートが再び飛び込んだ穴の周囲で観測を続ける。刻一刻と変化する現場は、忙しかった。魔王の移動方法は、調査対象に含まれないのである。

「ベルゼビュート、早く帰ってきて報告すればいいのに」

 ぼそっと呟き、ルキフェルは溜め息を吐く。マグマの中に飛び込んでも、体の心配をされない辺りが……彼女への評価の一端だろう。殺しても死なない、ある意味彼は正しかった。

 マグマの中で、ベルゼビュートはのんびりと泳いでいた。というか、漂っているの方が近い。

「凄いわ、新しい種族が出来ちゃいそう」

 種の起源となりそうな塊をいくつか発見し、彼女は目を輝かせた。奥から湧き出るマグマは、心地よい温度でベルゼビュートを温める。結界越しにマグマを回収し、外へ頭を出した。見回す範囲にルシファーがいない。

「ねえ、陛下はどちら?」

「リリス達を連れに行ったよ」

「あらそう。頼まれてたマグマはこれね」

 結界で包んだマグマを、ぽんと投げて寄越す。ベルゼビュートの軽い態度もおかしいが、受け取ったルキフェルも十分おかしかった。

「ありがと!」

 大喜びで受け止め、結界を張り直して中身を揺らす。まるでワイングラスを回すように、色や温度を確認しては記録した。中に小さな生き物らしき塊が入っていたのも、評価が高い。

「自然現象じゃないっての、この塊のこと?」

「それとは別よ。だってここ、マグマの通り道からズレてるわ」

 過去に噴火した地点の隣の草原だと指摘し、ベルゼビュートはふわりと浮き上がった。彼女がマグマに開けた穴から、ぶわっと噴煙と噴石が追いかける。それを面倒くさそうに結界で塞ぎ、女大公は眉を寄せた。

「まあ、悪意がある感じじゃないけどね」

 ベルゼビュートの勘はよく当たる。大公や魔王の間で「野生の勘」と呼ばれる本能は、今日も立派にその役目を果たしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

死亡フラグだらけの悪役令嬢〜魔王の胃袋を掴めば回避できるって本当ですか?

きゃる
ファンタジー
 侯爵令嬢ヴィオネッタは、幼い日に自分が乙女ゲームの悪役令嬢であることに気がついた。死亡フラグを避けようと悪役令嬢に似つかわしくなくぽっちゃりしたものの、17歳のある日ゲームの通り断罪されてしまう。 「僕は醜い盗人を妃にするつもりはない。この婚約を破棄し、お前を魔の森に追放とする!」  盗人ってなんですか?  全く覚えがないのに、なぜ?  無実だと訴える彼女を、心優しいヒロインが救う……と、思ったら⁉︎ 「ふふ、せっかく醜く太ったのに、無駄になったわね。豚は豚らしく這いつくばっていればいいのよ。ゲームの世界に転生したのは、貴女だけではないわ」  かくしてぽっちゃり令嬢はヒロインの罠にはまり、家族からも見捨てられた。さらには魔界に迷い込み、魔王の前へ。「最期に言い残すことは?」「私、お役に立てます!」  魔界の食事は最悪で、控えめに言ってかなりマズい。お城の中もほこりっぽくて、気づけば激ヤセ。あとは料理と掃除を頑張って、生き残るだけ。  多くの魔族を味方につけたヴィオネッタは、魔王の心(胃袋?)もつかめるか? バッドエンドを回避して、満腹エンドにたどり着ける?  くせのある魔族や魔界の食材に大奮闘。  腹黒ヒロインと冷酷王子に大慌て。  元悪役令嬢の逆転なるか⁉︎ ※レシピ付き

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...