上 下
264 / 530
第15章 神のいない神隠し

262.帰る手段の仮説を立てる

しおりを挟む
「人の顔を見て腰を抜かすなんて失礼だぞ」

 ルシファーに注意されるアムドゥスキアスは、がくがくと震えながら後ろに下がった。尻を引きずっているが、当人は気にしていない。ベルゼビュートは戦いに誇りを持っているため、これは弱者と位置付けて距離を置いた。

「大変失礼した。言葉は理解できるだろうか」

 姿勢を低くしたルシファーが問いかける。目線を下げて屈んだが、まだ高さは合わない。手のひらに乗りそうな小柄過ぎる彼らは、かつて湖で発見したホムンクルスに似ていた。実験で生まれたわけではないので、種族は違うだろう。

 ルシファーの顔を見つめ……ているのか不明だが、正面から顔を合わせて近づいてきた。尻尾を巻いたヤンが、子ども達を毛皮で包んで保護する。手のひらを上に向けて差し出したルシファーに対し、彼らは物怖じせずに飛び乗った。

「キュー!」

 ネズミのような鳴き声をあげると、ヤンがぴくぴくと耳を動かす。

「言葉は理解できているそうです」

「ならば魔族と判断できるな。微弱ながら魔力も感じる」

 手に触れる距離なら、見落としそうな魔力も感知できた。ここからはヤンの出番である。腰を抜かした翡翠竜を横抱きにしたベルゼビュートは後ろに下がり、収納から取り出した敷き物を広げた。柔らかな毛皮は、魔力を持たない獣から採取した戦利品だ。

「ほら、ここでお昼寝しましょうね」

 ベルゼビュートは慣れた手つきで、子ども達を並べた。母親になった経験がいい方へ働いている。中央に座り、リザードマンの兄弟とエルフの少女に膝を貸した。ぽんぽんと肩を叩いたり、頭を撫でながら子守唄を歌う。

 風の音に似た心地よさに、子ども達は目を閉じた。この世界に落ちてから、不安と恐怖できちんと眠れなかったのだろう。あっという間に熟睡してしまった。ルシファーの結界と精霊女王に守られて、安心しきっている。

「なるほど」

 魔獣の言語を話せないが理解するルシファーは、ヤンを通訳にこの世界の状況を聞き出した。直接尋ねられないのはもどかしいが、発声する喉が違うのだから仕方ない。あれこれとヤン経由で質問を行い、大まかな状況を掴んだ。

 元からこの世界は魔力が少ない。そのため、魔力が満ちた世界との接近は多々あったらしい。魔力そのものが一種の引力を作り、不足しているこの世界へ流れ込んだ。しかし元々世界の魔力がゼロに近いため、大き過ぎる魔力を持つ者は通れない。

 この子達が通れたのは、幼く魔力が安定していなかったから。それに加えて、偶然にも引力に引っかかった。魔力がほぼゼロの世界に落ちて干渉されると、魔力量が制限される。ルシファーやベルゼビュートなど、大きな魔力を持つ者ほど、その干渉による影響を強く受けた。

 使えない魔力は体内を巡り、消えることはない。外へうまく出せなくなっただけ、と表現すれば近いか。収納空間が使えたのは、己の体内の魔力を引き金にする魔法だからだ。外へ放出する魔力を使わなければ、結界や身体強化は問題なく使えるのだろう。

 状況を整理し、ルシファーは頭の中で仮説を組み立てた。この世界から帰るには、大量の魔力を放出して弾き出されたらいいのか? だが弾かれた先の座標を、自分達の世界に固定しなくてはならない。

「誰かの魔力を終点にする。オレはリリスだな」

「あたくしはエリゴスにしますわ」

「いや、無理だろう。もっと大きな魔力がいい」

 馴染んだ魔力であっても、エリゴスは魔獣に近く魔力量が少ない。万が一の失敗で、命を危険に晒すことは許されなかった。

「では……」

「アスタロトはどうだ?」

「絶対に嫌ですわ!!」

 全力で拒否され、ベール、ルキフェルと名を変えていき……最終的に同じリリスで落ち着いた。別に抱き付くわけじゃあるまいし、座標なんて誰でもいいじゃないか。そう呟いたルシファーだが、彼もアスタロト達を終点にしない時点で、同類だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです

三園 七詩
ファンタジー
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

エリザベートは悪役令嬢を目指す! <乙女ゲームの悪役令嬢に転生したからと言って悪女を止めたら、もう悪役令嬢じゃないよね!1>

牛一/冬星明
ファンタジー
目が覚めたら乙女ゲーの悪役令嬢に転生した。 どうなっているの? でも、私の大好きだった悪役令嬢のエリザベートだ。 最近、よくある話だな!? でも、破滅フラグを回避する為に悪役止めるなんておかしいと思わない。 いい子になったら悪役令嬢じゃないでしょう。 国外追放って簡単に言わないで! 大変だから罰になるのよ。 他国の者が生きてゆくのは大変なのよ。 利用されるか。 食い物にされるのがオチよ。 そんな巧い話はない。 そもそもヒールの方がかっこいい! 悪役最高。 ヒールを止めたら、もう悪役令嬢じゃないでしょう。 簒奪、拷問、洗脳、詐欺、扇動、冤罪でも何でもしましょう。 私は悪逆非道の悪女様だ! 悪役令嬢のままでハッピーエンドを目指します。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

処理中です...