上 下
230 / 530
第13章 海は新たな楽園か

228.徹夜回避の底力

しおりを挟む
 婚活パーティーの準備を整えるため、作業中のドワーフと既婚の軍人を数名残して引き上げた。調査する必要がないなら、 協力者である一般人は家に帰す。全員を引き連れて転移したベールは、報告をベルゼビュートへ任せた。

 鼻歌を歌いながら執務室へ向かう同僚に、一抹の不安を覚える。早めに顔を出すとしましょう。そう決めてベールは事後処理に入った。協力者にお礼の日当を支給し、それぞれを見送る。

 一段落ついたところで階段を上がり、見慣れた執務室の扉をノックした。

「はい」

「ベールだ!」

 アスタロトの返答に扉を開けば、大切な養い子ルキフェルが飛びついた。青年姿に成長しても、幼かった頃の言動がそのままだ。それが可愛くて仕方ない。受け止めたベールは未処理書類に苦笑いした。

「やはり無理でしたか」

「多過ぎる」

 むすっとした顔でルシファーがぼやく。抱き締めたルキフェルも唇を尖らせた。

「こんなの不備ばっかじゃん。突っ返して僕と一緒にいたらいいのに」

 母性本能に似た庇護欲を擽るルキフェルに頷き、魔王へ帰還の挨拶を済ませる。すでにベルゼビュートからあらましを聞いたかと確認すれば、ルシファーは首を傾げた。

「いや、ベルゼなら来てないぞ」

「見ていませんね」

 アスタロトも念押ししたことで、表情を強ばらせたベールが「仕事の放棄」と呟く。ぼそっと声に出したことで、恐怖感が増した。青ざめるルシファーが取りなしに入る。

「い、いや……きっと用事があるんだろう」

「なるほど。陛下の仰る通りです。私が協力者の日当を計算して支払い、全員を見送るほどの時間があっても終わらない用事があるのでしょう」

 時間がかかり過ぎと指摘するベールの指先が、小さな魔法を飛ばす。ベルゼビュートの居場所を特定し、すぐに光った。

「書類があるから、手伝ってくれ」

 なんとかベールの気を逸らそうと努力するルシファーをよそに、ルキフェルは爆弾発言を連発した。

「あ、バラ園にいるね」

「旦那のエリゴスもいるみたい」

 一家団欒を優先した。そう取れる無邪気な発言に、ベールの表情が固まる。笑顔を作りかけて引き攣った顔が、ぎぎぎぎっと軋んだ動きで魔王へ向けられた。

「この後、お休みをいただいても?」

「……お、おう。休め。いいか、休むんだぞ」

 報復とかしなくていい。危険だからな。さまざまな意味を込めて二度口にした魔王に一礼し、養い子と並んで出ていった。珍しく無言だったアスタロトは、大きく溜め息を吐く。

「ルシファー様、この後が大変です」

「本当だ! ベルゼに連絡をして逃げるように……あ、でも逃したと分かればオレが危ない」

 あたふたする上司に、肘を突いて顎を載せたアスタロトは「違いますよ」と否定を口にした。

「ベルゼビュートは自業自得です。この書類、ベールに処理してもらおうと思っていたのですが……あの様子では無理ですね」

 指摘されて、ルシファーも状況に気付いた。机の高さの倍近くまで積み上げた書類が二列。物理的に危険なので、箱に入れて保管されていた。魔法で固定できないのが不便だが、この部屋で魔法を使えば大惨事になる。

「徹夜の覚悟を決めてください。私も付き合いますので」

 文官として処理すべき書類を終わらせながら、アスタロトが示した山を切り崩すべく、ルシファーも大人しく席についた。昨夜も徹夜だったが、今夜も眠れそうにない。元は3人だったのに、ルキフェルも抜けてしまった。

 執務室の透明の壁の向こうでは、イヴを抱いたリリスがお昼寝をしていた。羨ましい。彼女達を抱き締めて眠りたい。その一心で、ルシファーの処理能力は驚くべき進化を見せ……夜遅くではあったが、見事処理を終え徹夜を回避したとか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

クソガキ、暴れます。

サイリウム
ファンタジー
気が付いたら鬱エロゲ(SRPG)世界の曇らせ凌辱負けヒロイン、しかも原作開始10年前に転生しちゃったお話。自分が原作のようになるのは死んでも嫌なので、原作知識を使って信仰を失ってしまった神様を再降臨。力を借りて成長していきます。師匠にクソつよお婆ちゃん、騎馬にクソデカペガサスを連れて、完膚なきまでにシナリオをぶっ壊します。 ハーメルン、カクヨム、なろうでも投稿しております。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

処理中です...