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第13章 海は新たな楽園か

210.保育園へ預けるか否か

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 新しい領土である海の視察が後回しになったため、ルシファーのスケジュールに久しぶりの穴が生まれた。本人はまだ気づいていない。確認される前に、アスタロトによって綺麗に塞がれてしまった。幻の休暇である。

「ルシファー様、そろそろイヴ様を保育園へ入れましょう」

「なぜだ? せっかく保育施設の壁もできたのに」

 透明の壁をドワーフに作らせたのは、魔力を防ぐためだ。幼子の魔力が飛んできても書類が無事ならば、ここで預かればいいではないか。そう口にするルシファーは、膝の上にイヴを座らせていた。これこそが問題なのだ。

「よろしいですか? まず、イヴ様がここにいることがおかしいです」

「いや。今日はリリスが出かけるから仕方ない」

 膝に座ったイヴはご機嫌で書類に無効化を掛ける。まだ署名前なので、ひとまず被害はなかった。だが今後の被害は確実な状況だ。

「隣の部屋に置いてらっしゃい」

 ペットを連れて保育園に行きたいと強請る幼子を嗜めるように、分かりやすい言葉で伝える。アスタロトの努力を、ルシファーは一蹴した。

「誰もいないのに可哀想だろう」

 その言葉通り、今日は宴会の翌日ということも手伝い、子どもを預けに来る親がいなかった。イポス達は父親サタナキアの屋敷へ遊びに行ったし、日本人とルーサルカも温泉へ出かけている。シトリーは我が子を学校に入れるため、試験に連れ出した。当然夫もグシオンも同行する。

 ルーシアはジンと幼い姉妹を連れて、ミヒャール湖まで遠出した。ヤンは孫の面倒を見ているし、ピヨとアラエルも日光浴ならぬ溶岩浴らしい。レライエは、アムドゥスキアスが熱を出したとかで、病欠の届が出ていた。

 この状況で、リリスは「内緒」と微笑んで外出してしまい、ルシファーはちょっと拗ねていた。寂しいとは口にしないが、かなり寂しい。どこへ行ったのか心配で、ずっと魔力を追うストーカー状態だった。まあ、母リリンの元へ向かったので、咎めるわけに行かないのだが。

 唯一手元に残ったのが、預かったイヴなのだ。まだ幼く愛らしい愛娘を引き寄せた。

「こんなに幼いのに、親から引き離したら可哀想だろ」

「協調性を学ぶなら早いうちがいいですよ。それと、リリス様を3歳まで手元で育てた失敗を繰り返すなら、取りあげますよ」

「ぐっ」

 言葉を飲み込む。反論して揚げ足を取られるわけにいかない。確かにリリスは3歳を過ぎるまで手元で育てた。我が侭がほんの僅かに強くて、民の耳や牙を傷つけたかもしれないが……そこまで根に持たなくてもいいだろう。補償だってしっかりした。

 リリスもその後ちゃんと人の痛みが分かる子に育って……あ! そこで気づいた。リリスの我が侭が直った理由は、保育園で友人を作ったことだった。その友情は、ルーシアなどを通じて今も続いている。

 見下ろした膝の上で、イヴは無効化を繰り出しながら書類を齧っていた。この悪戯も、保育園で友人を作ったら直るのか?

「失敗したなら、そこから学ばなくてはなりません。可愛いのは分かります。私も孫達が可愛いですからね。他の人からも可愛いと思ってもらえるよう、保育園へ預ける決断をしました」

 実際のところ、まだ了承をとっていない。イポスやストラスは何も知らないのだが、ここはアスタロトの外交手腕の見せ所だった。両親に承諾を得たとは口にせず、自分が預ける決断をしたと話す。つまり、両親次第で引っくり返るのだ。

 これが政に関わる重要な案件なら騙されず、じっくり検討する魔王だが……彼の脳裏に過去の失態が過ぎった。友達はイヴにも必要だ。

 保育園に行けば、様々な関わり方を覚えるし、いろんな種族と触れ合うことも可能だった。作ったばかりの透明の壁も、これが試作品となり保育園や学校に導入されたので、無駄になっていない。余計なことまで考えながら、ルシファーは唸る。

「リリスと相談する」

 かろうじて絞り出した答えがこれだった。
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