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第13章 海は新たな楽園か

206.もう助けがくるぞ、ほら

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 娘の手が千切れる心配はするのに、自分の身となれば懸念は吹き飛ぶ。指や手足がなくなったところで、魔力で治癒すればいい。その考えもあった。海水に対して魔法が通じなくても、自分に対しては魔法が使えているのだ。

 海水の竜巻に飲まれてすぐ、じりじりと移動する壁に押される形で、足元が砂浜から水面になった。この時点で、ルシファーは魔法陣を使って床を作り出す。その上に全員が飛び乗り、荷物を収納へ放り込んだ。海水の壁に触れなければ、魔法は使えている。

 内部から壁に対して魔法を使うと弾かれ……ん? 体当たりの途中で妙な違和感を覚えた。だが慣性の法則は有効であり、そのまま海水に激突する。と、勢いよく弾かれた。というより、一度吸収して吐きだしたように感じる。

「あ……そうだ」

 弾かれて反対側へ吹き飛びながら、ルシファーはぽんと手を打った。この時点で手足に千切れはないし、髪や肌も無事だ。そのため多少危機感が足りなかった。飛ばされた先でまた海水にぶつかり弾かれる。それを数回繰り返し、ようやく翼を広げて止まった。

「ダメそうね」

「それもだが……もしかしたら出られるかも知れないぞ」

 にやりと笑う。ひらひらと翼で舞う魔王は、ゆったりと足場の魔法陣に降り立った。

「オレの魔法は弾かれる。今見た通りだが……ルーシアは違った、そうだな?」

「えっ……あっ! そうです。私とジンが魔力をぶつけた際は吸収されました」

 精霊の力を使って魔力を行使したら、吸収された。ルシファーが魔法で魔力をぶつけたら、弾かれた上その魔力を利用して攻撃される。この違いが何か。単に攻撃の意思があったかどうかではない。ルシファーも海水に穴を開けようと魔法を使ったのであって、この海水を蒸発させたり消滅させる気はなかったのだ。

「おそらくだが、魔力に付された精霊の力が原因だろう」

 この海水が生き物と仮定して、ルシファーの魔力は純粋に自らの体内から練り上げた。だがルーシアやジンは精霊族なので、普段から精霊の助けを借りて魔法を行使する。その際に魔法のお礼として魔力を精霊に渡していた。

「直接魔力を使えば弾かれるが、精霊経由なら通過する可能性がある」

 吸収されたのは、使われた精霊の力が弱かったから。そう考えることが出来た。圧倒的な力を持つベルゼビュートが精霊を従えて攻撃したら?

「通用するのでしょうか」

「どうだろうな。試すのはやめておこう」

 不安そうなルーシアは、自分達が何とかしなければと奮起する。が、危険なので彼女に任せる気はなかった。偶然反射しなかっただけで、今度は攻撃される可能性がある。ルーシア達はベルゼビュートと違い、己を守る術に長けていなかった。

「もう助けが来るぞ、ほら」

 斜め上を指さしたルシファーは、竜巻の外に感じる魔力に目を細める。リリスも気づいたようで、声を上げた。

「あの色はベルゼ姉さんだわ」

「あぶぅ!!」

 一緒に叫んだイヴの声に重なる形で、海水が悲鳴を上げた。巨大な獣が痛みに叫ぶような音が響き渡り、ぽっかりと穴が開く。

「出るぞ」

 中にいた全員を巻き込んで、ルシファーは転移を行った。ベルゼビュートが開けた穴がゆっくり塞がる。その頃には、全員が足場魔法陣ごと脱出していた。

「全員いるか?」

 イポスとストラス、その娘マーリンから「はい」と返事がある。隣でルーシアとジンが、それぞれに娘達を抱いて頷いた。翡翠竜アムドゥスキアスは珍しく大きな姿に戻り、妻レライエと我が子ジルを背に乗せてくるりと旋回する。

 イザヤとアンナ夫妻は、剣を抜いた双子に守られる形で手を振った。全員揃っている。ほっとしたルシファーが礼を言うため、顔を上げた。

「助かった、ベルゼ」

「これ、なんですの? 気味が悪いですわ」

 愛用の聖剣を手に、精霊女王は盛大に眉を寄せて嫌悪感を露わにした。
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