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第10章 因果は巡る黒真珠騒動

148.聞こえますか? 直接話しかけています

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 戻れと命じたことが悪かったのか。ベルゼビュートはすぐに反応した。それが何の最中だったのかに関係なく……彼女は主君と定めた魔王の命令に従ったのだ。

 つまり、半裸で現れた。結婚して人妻になったとはいえ、美貌の精霊女王が半裸で現れたら盛り上がる。自分に妻子がいようと、目の保養であった。周囲の騒動で、ようやく己の姿に気づいた彼女はぱちんと指を鳴らす。一瞬で着替えたが、スリッドが入り胸元がざっくり広いドレスは大差なかった。

 まあ、胸の膨らみや腰の細さが強調されるだけで、半裸より淫らではない。騒ぎをテラスから眺めたルシファーは溜め息を吐き、アスタロトは顔を引き攣らせた。この部屋にいる魔王や大公などの男性にとって、ベルゼビュートは女性ではない。今さら恋愛対象にはならず、たとえ全裸でも反応しない自信があった。

「……お胸が犯罪的だわ」

 ぼそっと呟くリリスは、貧乳に分類されることにコンプレックスを抱いている。これは一触即発かと思われたが、別の指摘をした。

「授乳中に呼び出しちゃったのね。ダメよ、育児の邪魔をしては」

「ジルはまだ授乳されてるのか」

 イヴは離乳食を食べ始めたというのに。別の場所に反応したルシファーだが、すぐに育児の邪魔はいけないと反省した。階段を登ったベルゼビュートにもしっかり謝罪する。一連の流れは見慣れたものなので、ルキフェルもアスタロトも無視していた。

「それで何の御用ですの?」

 隠してこいと命じられたのに、また持ち帰った黒真珠と赤珊瑚を机の上に並べた。危険だから城から遠ざけると聞いたのに、ぼやく彼女に手早く事情を説明する。魔法陣の改編の話を聞き終えると、ベルゼビュートは巻き毛をくるくると回しながら考え込んだ。

「精霊の中に稀に生まれるのですけれど、あたくしの魔法を解く子がいますの」

 精霊女王であるベルゼビュートの魔法が及ばない精霊。それは異端と捉えることができた。

「その子と似た原理で、ルキフェルの魔法陣に影響を与えた可能性もありますわ」

 原理自体は理解できていないが、イヴによる父母の魔法を無効化する才能に似ている。ならば、海から来た珊瑚や真珠が同じような魔法無効や改変に関する能力を保有する可能性も、皆無ではなかった。

「真珠が話せたら楽なんだが」

 事情聴取も出来るし。軽い口調で黒真珠を手のひらに乗せて転がした魔王ルシファーは、突然聞こえた声に周囲を見回す。

「どうなさいました?」

「今の声、聞こえなかったか? 甲高い女性、いや子どもみたいな声だった」

 そんなに忙しくしたつもりはないが、疲労が溜まっていたのか。アスタロトに同情の眼差しを向けられ「そうじゃない」と首を横に振った。休みをもらえるなら貰うが、今じゃないのだ。それに幻聴と判断できないほど、はっきりと聞き取れた。

「何を言っていたんです?」

「話せるからそのまま……とか」

 幻聴と決めてかかるアスタロトに説明するルシファーの手を、突然ルキフェルが握った。真珠を握る手の上に、ルキフェルの白い指が重ねられる。

『聞こえた! 成功だ』

「聞こえた、成功だってさ」

 僕にも聞こえちゃった。ぺろっと舌を出したルキフェルに、リリスが好奇心に輝く目を見開く。アスタロトも、黒真珠を覗き込んだ。

「手のひらに置くから、指先で触れてみてくれ」

 ルシファーが手を開き、転がすように黒真珠を見せる。ルキフェルとアスタロト、ベルゼビュートが指先を真珠に触れた。リリスも隙間から手を伸ばす。

『声が届きますか? 直接話しかけています。私達は海から逃げて来ました』

「「ええええ?!」」

 黒真珠が喋った。幻聴じゃないし、集団幻覚もない。顔を見合わせた後、アスタロトがベールを呼び出した。これは緊急招集の対象案件に該当する。その判断は間違っていなかった。
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