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第10章 因果は巡る黒真珠騒動
144.思わぬ騒動の引き金となる
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幼子マーリーンは機嫌が悪かった。昨日は父親であるストラスが帰ってこなかったのだ。お仕事で徹夜と言われても、彼女には関係ない。一緒にお風呂に入って、お膝の上でご飯を食べたかった。叶わなかった願いだけが、胸の中央に蟠っている。
大公閣下の一声で招集された高位魔族は、それぞれにグループを作って魔法陣の解読を行った。改変された部分を調べるのはもちろん、過去に作られた時と違いがあれば報告する。夜行性の吸血種は明け方まで徹夜し、逆にドラゴン種は昼間の再確認を行う。
総動員令がかかるのは珍しく、魔法陣に明るい知識人はこぞって参加した。魔王城存続の危機と銘打たれた連絡に、参加しない理由がない。普段はなかなかお目に掛かれない魔王城の魔法陣が見られるし、魔王陛下を始めとする大公全員が揃うと聞けば、大急ぎで転移魔法陣へ飛び込んだ。
「ここも違いますね」
アスタロトが何か発見したらしく、目元を押さえながら指摘する。彼は吸血種で夜に強いこともあり徹夜し、そのまま昼間も協力し続けていた。正直、書類処理をしている場合ではない。魔王城が吹き飛ぶ可能性があるとしたら、書類は後回しだった。
危険回避のため、文官は書類を収納空間へ入れたり、少し離れた高校の未使用教室へ積み重ねたりと忙しい。そんな騒動の中、幼子が一人紛れ込んでも……誰も気づかなかった。
「パパぁ! じぃじ!!」
真剣な顔をする多くの大人に混じり、見覚えのある父親と祖父の後ろ姿にマーリーンは興奮した声を上げる。甲高い幼女の声は良く響き、その場にいた全員がぴたりと動きを止めた。ぎぎぎと軋んだ音を立てそうな動きで、ストラスが振り返る。
「マーリーン?」
「パパっ、約束したのに!」
いつの間にか、マーリーン本人の希望は約束に代わっていた。パパが帰ってこなかっただけなのに、約束を破られたとお怒りだ。3歳の一人娘は、腰に手を当てて頬を膨らませた。唇が不満げに尖っているところまで、母親のイポスそっくりの怒り方だ。
「やく、そく? したっけ」
「したのよ! 昨日の夜!!」
ぶんぶんと手を振り回し、足を踏み鳴らして不満を表明するマーリーン。だが、父ストラスは昨夜戻らなかったので、昨日の夜に約束したはずはない。指摘してもさらに怒るだけだろう。理不尽なのだが、謝ってしまうのが一番早い。
膝を突いてお怒りのマーリーンを抱き締め、母親そっくりの金髪を撫でる。祖父アスタロトによく似た赤い瞳を瞬き、マーリーンは泣き始めた。
「ストラス、もう帰りなさい。代わりに私が穴を埋めます」
「ですが」
「マーリーンに嫌われても知りませんよ」
苦笑いするアスタロトに背を押され、一時帰宅となった。マーリーンはきらきらと目を輝かせ、大興奮で魅了をまき散らす。数人の魔獣やドラゴンが惹かれて近寄るが、アスタロトに妨害された。
「仕事が増えます、早く帰りなさい」
ぴしゃんと言われたストラスは、慌てて飛び出した。愛娘マーリーンはまだ能力の制御が効かない。教えようにも幼過ぎた。ようやく3歳の誕生日が来たばかりなのだ。魔獣やドラゴンは魅了に弱いので、現場の混乱を招く。大急ぎで転移して自宅に飛んだ。
「……イポスは?」
自宅にはイポスがいると思ったのに、留守だった。それでマーリーンが勝手に移動したのだろうか。奇妙に感じながら部屋を見回すが、荒れた様子はない。魔王妃の専属護衛を務めるイポスを無抵抗で連れ去れる強者は、魔王や大公くらいだ。そのため部屋が荒らされていないことは安心できた。
「一緒にお風呂」
「あ、うん。ママの行先知らない?」
マーリーンは首を横に振った。
「私が出掛けるまで、ママはお部屋にいたよ」
「うーん、買い物かな」
ストラスは軽く考えた。その頃、思わぬ騒動が起きているとも知らずに……愛娘に強請られるまま風呂へと向かう。寝不足で判断がおかしかったのだろう。普通に考えたら理解できるはずだ。一人娘が行方不明になった母親の心境と行動を、彼はぼんやりと見過ごしてしまった。
大公閣下の一声で招集された高位魔族は、それぞれにグループを作って魔法陣の解読を行った。改変された部分を調べるのはもちろん、過去に作られた時と違いがあれば報告する。夜行性の吸血種は明け方まで徹夜し、逆にドラゴン種は昼間の再確認を行う。
総動員令がかかるのは珍しく、魔法陣に明るい知識人はこぞって参加した。魔王城存続の危機と銘打たれた連絡に、参加しない理由がない。普段はなかなかお目に掛かれない魔王城の魔法陣が見られるし、魔王陛下を始めとする大公全員が揃うと聞けば、大急ぎで転移魔法陣へ飛び込んだ。
「ここも違いますね」
アスタロトが何か発見したらしく、目元を押さえながら指摘する。彼は吸血種で夜に強いこともあり徹夜し、そのまま昼間も協力し続けていた。正直、書類処理をしている場合ではない。魔王城が吹き飛ぶ可能性があるとしたら、書類は後回しだった。
危険回避のため、文官は書類を収納空間へ入れたり、少し離れた高校の未使用教室へ積み重ねたりと忙しい。そんな騒動の中、幼子が一人紛れ込んでも……誰も気づかなかった。
「パパぁ! じぃじ!!」
真剣な顔をする多くの大人に混じり、見覚えのある父親と祖父の後ろ姿にマーリーンは興奮した声を上げる。甲高い幼女の声は良く響き、その場にいた全員がぴたりと動きを止めた。ぎぎぎと軋んだ音を立てそうな動きで、ストラスが振り返る。
「マーリーン?」
「パパっ、約束したのに!」
いつの間にか、マーリーン本人の希望は約束に代わっていた。パパが帰ってこなかっただけなのに、約束を破られたとお怒りだ。3歳の一人娘は、腰に手を当てて頬を膨らませた。唇が不満げに尖っているところまで、母親のイポスそっくりの怒り方だ。
「やく、そく? したっけ」
「したのよ! 昨日の夜!!」
ぶんぶんと手を振り回し、足を踏み鳴らして不満を表明するマーリーン。だが、父ストラスは昨夜戻らなかったので、昨日の夜に約束したはずはない。指摘してもさらに怒るだけだろう。理不尽なのだが、謝ってしまうのが一番早い。
膝を突いてお怒りのマーリーンを抱き締め、母親そっくりの金髪を撫でる。祖父アスタロトによく似た赤い瞳を瞬き、マーリーンは泣き始めた。
「ストラス、もう帰りなさい。代わりに私が穴を埋めます」
「ですが」
「マーリーンに嫌われても知りませんよ」
苦笑いするアスタロトに背を押され、一時帰宅となった。マーリーンはきらきらと目を輝かせ、大興奮で魅了をまき散らす。数人の魔獣やドラゴンが惹かれて近寄るが、アスタロトに妨害された。
「仕事が増えます、早く帰りなさい」
ぴしゃんと言われたストラスは、慌てて飛び出した。愛娘マーリーンはまだ能力の制御が効かない。教えようにも幼過ぎた。ようやく3歳の誕生日が来たばかりなのだ。魔獣やドラゴンは魅了に弱いので、現場の混乱を招く。大急ぎで転移して自宅に飛んだ。
「……イポスは?」
自宅にはイポスがいると思ったのに、留守だった。それでマーリーンが勝手に移動したのだろうか。奇妙に感じながら部屋を見回すが、荒れた様子はない。魔王妃の専属護衛を務めるイポスを無抵抗で連れ去れる強者は、魔王や大公くらいだ。そのため部屋が荒らされていないことは安心できた。
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マーリーンは首を横に振った。
「私が出掛けるまで、ママはお部屋にいたよ」
「うーん、買い物かな」
ストラスは軽く考えた。その頃、思わぬ騒動が起きているとも知らずに……愛娘に強請られるまま風呂へと向かう。寝不足で判断がおかしかったのだろう。普通に考えたら理解できるはずだ。一人娘が行方不明になった母親の心境と行動を、彼はぼんやりと見過ごしてしまった。
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