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第10章 因果は巡る黒真珠騒動
141.保育園の枠が足りない?
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新しい保育園の準備が整い、先行した2歳児に続いて新しい受け入れが始まった。今回は1歳の子も受け入れ対象になる。もちろん魔王城の敷地内ということもあり、応募が殺到した。リリスやルーサルカ、レライエも応募している。
「競争率が高いわね」
「共働きの家庭が優先されるらしいわ」
魔王城の使用人は優先順位が高い。大公女や侍女がその例に当たるが……問題はリリスだった。魔王妃という地位はあるが、共働き家庭かと問われたら難しい。ここで権力者だからと優遇されないところは、魔族特有の性質にあった。
高い地位にある者はその義務を果たすべし。だが権利はさほど拡充されない。権力を持つということは、それ自体が名誉であるから。名誉を得た代償として義務を果たすが、権利は別なのだ。お陰でリリスは悶々と考え込んだ。
「ルシファー、私って働いてないのかしら」
「どうだろうな」
特に魔王妃の業務は決まっていない。過去8万年に渡り、魔族の歴史に魔王妃は存在しなかったためだ。魔王の補佐や大公女達のまとめ役としての地位はあるが、職責はほぼない。肩書きは魔王の妻として妃であるが、具体的な仕事はなかった。
現在では子育てとルシファーの機嫌取りが仕事と言えなくもないが……それが共働き家庭に該当するかと尋ねられたら、大公達も迷う案件だった。この辺はデカラビア子爵夫人となったシトリーや保育園の教員の判断に任される。
「もし預けられなかったら、イヴにお友達が出来ないかも」
ルーシアと出会ったのは保育園だったし、彼女の記憶の中の保育園は多少トラブルはあったが楽しい場所だった。お遊戯の披露や燃えた卒園式も、すべてが良い思い出である。出来たら同じような経験を、愛娘にもさせてあげたい。
「保育園の枠が足りないなら、増設も検討しないといけないか」
ルシファーはリリスの懸念を聞いて、別の課題に唸った。当然のごとく話は脱線し、アスタロトと検討に入ってしまう。頬杖付いたリリスは溜め息を吐いた。まあいいかしらね、保育園が増えたら皆も助かるし。イヴも新しい保育園に入れるかもしれないわ。
考えを切り替えたリリスは、相談に訪れた執務室の隅でイヴと遊び始めた。この頃掴まり立ちを覚えたので、抱っこを嫌がるようになった娘を絨毯の上に下ろす。家具にぶつからないようヤンが間に入った。
「あうぅ!」
意味不明の言葉を吐きながら、えいっと立ち上がるイヴ。手を叩くとにこにこ笑いながら歩きだした。まだ話せないのは発育が遅い気もするが、これほどの魔力量があれば遅くて当たり前。個体差の大きい魔族ならではの大らかさで見守る。
どんと尻餅をついて座ったイヴは、ヤンへ向けて転がった。座った勢いを殺し切れない赤子を、毛皮でふんわりと受け止める護衛フェンリル。横に転がらないよう、尻尾で補助するのも忘れない育児上手だ。イヴはきょとんとして目を見開いたが、俯せになってまた起き上がった。
「イヴ、こっちよ」
掴まり立ちを覚えたら、次は手を離して歩けるようになるだけ。リリスが数歩離れた位置で呼べば、イヴはよちよちと足を踏み出した。足の裏が丸いのかと思うほど不安定だ。よろめきながら数歩進み、倒れるようにリリスの腕に倒れた。
「きゃっ、すごい! 歩けたわね」
「ちょ! 見逃したんだけど、もう一回!!」
ルシファーが慌てて駆け寄ろうとし、服の裾を掴まれた。
「ルシファー様、まだお話の途中です」
「じゃあ、休憩! 中断! イヴが歩いたみたいだぞ」
「……わかりました。10分の休憩を入れましょう」
ここで無理やり引き留めても、意識がそぞろで話し合いにならない。過去の経験からそう判断したアスタロトは、大きく肩を落とした。リリスの時同様、娘の成長に敏感なルシファーはぺたんと絨毯に座り、愛娘を呼ぶ。しかし疲れたイヴは首を横に傾けて、座ったまま眠ってしまった。
ルシファーが我が子の単独よちよち歩きを目撃するのは、翌日に持ち越しとなった。
「競争率が高いわね」
「共働きの家庭が優先されるらしいわ」
魔王城の使用人は優先順位が高い。大公女や侍女がその例に当たるが……問題はリリスだった。魔王妃という地位はあるが、共働き家庭かと問われたら難しい。ここで権力者だからと優遇されないところは、魔族特有の性質にあった。
高い地位にある者はその義務を果たすべし。だが権利はさほど拡充されない。権力を持つということは、それ自体が名誉であるから。名誉を得た代償として義務を果たすが、権利は別なのだ。お陰でリリスは悶々と考え込んだ。
「ルシファー、私って働いてないのかしら」
「どうだろうな」
特に魔王妃の業務は決まっていない。過去8万年に渡り、魔族の歴史に魔王妃は存在しなかったためだ。魔王の補佐や大公女達のまとめ役としての地位はあるが、職責はほぼない。肩書きは魔王の妻として妃であるが、具体的な仕事はなかった。
現在では子育てとルシファーの機嫌取りが仕事と言えなくもないが……それが共働き家庭に該当するかと尋ねられたら、大公達も迷う案件だった。この辺はデカラビア子爵夫人となったシトリーや保育園の教員の判断に任される。
「もし預けられなかったら、イヴにお友達が出来ないかも」
ルーシアと出会ったのは保育園だったし、彼女の記憶の中の保育園は多少トラブルはあったが楽しい場所だった。お遊戯の披露や燃えた卒園式も、すべてが良い思い出である。出来たら同じような経験を、愛娘にもさせてあげたい。
「保育園の枠が足りないなら、増設も検討しないといけないか」
ルシファーはリリスの懸念を聞いて、別の課題に唸った。当然のごとく話は脱線し、アスタロトと検討に入ってしまう。頬杖付いたリリスは溜め息を吐いた。まあいいかしらね、保育園が増えたら皆も助かるし。イヴも新しい保育園に入れるかもしれないわ。
考えを切り替えたリリスは、相談に訪れた執務室の隅でイヴと遊び始めた。この頃掴まり立ちを覚えたので、抱っこを嫌がるようになった娘を絨毯の上に下ろす。家具にぶつからないようヤンが間に入った。
「あうぅ!」
意味不明の言葉を吐きながら、えいっと立ち上がるイヴ。手を叩くとにこにこ笑いながら歩きだした。まだ話せないのは発育が遅い気もするが、これほどの魔力量があれば遅くて当たり前。個体差の大きい魔族ならではの大らかさで見守る。
どんと尻餅をついて座ったイヴは、ヤンへ向けて転がった。座った勢いを殺し切れない赤子を、毛皮でふんわりと受け止める護衛フェンリル。横に転がらないよう、尻尾で補助するのも忘れない育児上手だ。イヴはきょとんとして目を見開いたが、俯せになってまた起き上がった。
「イヴ、こっちよ」
掴まり立ちを覚えたら、次は手を離して歩けるようになるだけ。リリスが数歩離れた位置で呼べば、イヴはよちよちと足を踏み出した。足の裏が丸いのかと思うほど不安定だ。よろめきながら数歩進み、倒れるようにリリスの腕に倒れた。
「きゃっ、すごい! 歩けたわね」
「ちょ! 見逃したんだけど、もう一回!!」
ルシファーが慌てて駆け寄ろうとし、服の裾を掴まれた。
「ルシファー様、まだお話の途中です」
「じゃあ、休憩! 中断! イヴが歩いたみたいだぞ」
「……わかりました。10分の休憩を入れましょう」
ここで無理やり引き留めても、意識がそぞろで話し合いにならない。過去の経験からそう判断したアスタロトは、大きく肩を落とした。リリスの時同様、娘の成長に敏感なルシファーはぺたんと絨毯に座り、愛娘を呼ぶ。しかし疲れたイヴは首を横に傾けて、座ったまま眠ってしまった。
ルシファーが我が子の単独よちよち歩きを目撃するのは、翌日に持ち越しとなった。
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