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第8章 てんやわんやで誘拐も?
117.救出されたのは少女か、敵か
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ルキフェルの研究棟は、長細い長屋になっている。中は複数の研究室が並び、一部は危険な薬品による実験も行われてきた。リリスの護衛騎士になったイポスの夫で、アスタロトの末息子でもあるストラスはここに勤務している。
吹き飛んだ部屋は長屋のほぼ中央、危険な研究は行われない場所だった。咳き込みながら飛び出したストラスは火傷をしているらしい。駆け付けたルシファーが治癒を施しながら、見つめる先で炎の中に人影を見つけた。
「まだ誰か残っているぞ!」
「私が……」
「いや、オレが行く」
アスタロトが立候補したが、ルシファーの方が近い。通常の炎であっても、本来は吸血種と相性が悪い能力だった。彼が封じている黒い炎とは質が違う。後から駆け付けたベルゼビュートが声をかける前に、ルシファーは燃える建物の中に入った。
「やだっ! 炎の精霊がいないのに燃えてるじゃない」
奇妙な発言をしたベルゼビュートは、焦って精霊を呼び集める。しかし精霊は嫌がっているようで、なかなか研究棟に近寄ろうとしなかった。消火のための水や風の精霊も同様だ。他の母親や子ども達は残ったらしい。リリスがいる場所が一番安全なので正しい選択だろう。
「精霊がいないとは、どういう状況ですか」
アスタロトの表情が険しくなる。精霊はどんな状況で発生した炎にも存在する。火口はもちろん、アスタロトが体内に宿す黒い炎に関しても同じだ。しかし目の前の炎は精霊なしで燃えている、精霊女王がそう断言した。ならば自然に反した存在なのか。
「ルシファー様!」
ゆらりと白い影が炎を押しのけて現れた。腕に抱くのは、先日保護した少女だ。病的に白い手でルシファーの服をきゅっと握る。震える少女を降ろしたルシファーが、大きく肩で息をした。冷や汗をかいて苦しそうな様子に、駆け寄るアスタロトがびくりと身を震わせる。
得体の知れない者を見るように、少女を凝視した。
「お前、何だ?」
何者ではない。これに意思はなく、何かの力が凝ったような不自然さを感じた。本能に近い部分での警告に、吸血鬼王は己の直感を信じる。この少女は、魔族の子どもではない。種族が判明しないのではなく、この世界の種族ではない?
まるで悪意の塊を眺めるような不快感と違和感が襲った。触れてはいけない、その感覚を信じて一歩下がる。そんなアスタロトを見上げた少女の顔が、にたりと笑った。ぞっとしたのは、ベルゼビュートも同様だった。
「陛下から離れなさい!」
命じると同時に、右手に愛用の魔剣を握る。鞘はない抜き身を向けて、大公二人が身寄りのない少女を取り囲む。その滑稽に思える光景に、周囲は飲まれていた。誰も止められない。
「……その子をいくら、脅しても……効果ない、ぞ」
息を整えたルシファーが、擦れた声でそう告げた。直接触れたことで害を加えられた彼は、どさっと後ろに尻餅をつく。膝を突く気はないが、尻ならいいのか? ちょっと方向違いのことを考えたのは、落ち着き始めたストラスだった。
「彼女が発火原因です」
目の前でお菓子を眺めていた少女が突然炎を放った。己自身を核として燃やし始めた少女に驚き、消火しようと近づいて喉を焼いた。強烈な熱気に耐えきれず、転がるように外へ出たのだ。あのまま少女に触れていたら、腕が焼け落ちていただろう。それほどの高温だった。
「魔王陛下への刺客でしょうか」
落ち着きを取り戻したアスタロトも剣を抜く。虹色の刃を持つ魔力の塊を振り上げた。一刀で首を斬り落とすつもりだった。どんなに哀れな境遇であろうと、主君に仇なす存在なら排除する。赤子も子どもも関係なく、その汚名は自らが背負えばいい。アスタロトは剣を振り下ろした。
キンっ、甲高い音がして弾かれた刃に、アスタロトが唸る。
「邪魔をしないでください! ルシファー様」
左手から血を流すルシファーの手に握られた巨大な鎌デスサイズが、虹色の刃を拒む形で少女を守っていた。
吹き飛んだ部屋は長屋のほぼ中央、危険な研究は行われない場所だった。咳き込みながら飛び出したストラスは火傷をしているらしい。駆け付けたルシファーが治癒を施しながら、見つめる先で炎の中に人影を見つけた。
「まだ誰か残っているぞ!」
「私が……」
「いや、オレが行く」
アスタロトが立候補したが、ルシファーの方が近い。通常の炎であっても、本来は吸血種と相性が悪い能力だった。彼が封じている黒い炎とは質が違う。後から駆け付けたベルゼビュートが声をかける前に、ルシファーは燃える建物の中に入った。
「やだっ! 炎の精霊がいないのに燃えてるじゃない」
奇妙な発言をしたベルゼビュートは、焦って精霊を呼び集める。しかし精霊は嫌がっているようで、なかなか研究棟に近寄ろうとしなかった。消火のための水や風の精霊も同様だ。他の母親や子ども達は残ったらしい。リリスがいる場所が一番安全なので正しい選択だろう。
「精霊がいないとは、どういう状況ですか」
アスタロトの表情が険しくなる。精霊はどんな状況で発生した炎にも存在する。火口はもちろん、アスタロトが体内に宿す黒い炎に関しても同じだ。しかし目の前の炎は精霊なしで燃えている、精霊女王がそう断言した。ならば自然に反した存在なのか。
「ルシファー様!」
ゆらりと白い影が炎を押しのけて現れた。腕に抱くのは、先日保護した少女だ。病的に白い手でルシファーの服をきゅっと握る。震える少女を降ろしたルシファーが、大きく肩で息をした。冷や汗をかいて苦しそうな様子に、駆け寄るアスタロトがびくりと身を震わせる。
得体の知れない者を見るように、少女を凝視した。
「お前、何だ?」
何者ではない。これに意思はなく、何かの力が凝ったような不自然さを感じた。本能に近い部分での警告に、吸血鬼王は己の直感を信じる。この少女は、魔族の子どもではない。種族が判明しないのではなく、この世界の種族ではない?
まるで悪意の塊を眺めるような不快感と違和感が襲った。触れてはいけない、その感覚を信じて一歩下がる。そんなアスタロトを見上げた少女の顔が、にたりと笑った。ぞっとしたのは、ベルゼビュートも同様だった。
「陛下から離れなさい!」
命じると同時に、右手に愛用の魔剣を握る。鞘はない抜き身を向けて、大公二人が身寄りのない少女を取り囲む。その滑稽に思える光景に、周囲は飲まれていた。誰も止められない。
「……その子をいくら、脅しても……効果ない、ぞ」
息を整えたルシファーが、擦れた声でそう告げた。直接触れたことで害を加えられた彼は、どさっと後ろに尻餅をつく。膝を突く気はないが、尻ならいいのか? ちょっと方向違いのことを考えたのは、落ち着き始めたストラスだった。
「彼女が発火原因です」
目の前でお菓子を眺めていた少女が突然炎を放った。己自身を核として燃やし始めた少女に驚き、消火しようと近づいて喉を焼いた。強烈な熱気に耐えきれず、転がるように外へ出たのだ。あのまま少女に触れていたら、腕が焼け落ちていただろう。それほどの高温だった。
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キンっ、甲高い音がして弾かれた刃に、アスタロトが唸る。
「邪魔をしないでください! ルシファー様」
左手から血を流すルシファーの手に握られた巨大な鎌デスサイズが、虹色の刃を拒む形で少女を守っていた。
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