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第7章 幼子は小さな暴君である

103.己を作る一番大切なもの

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 魔王の私室へ集まった大公は、慌ててアスタロトに駆け寄った。というのも、混乱した様子で翼を広げるルシファーが飛び立とうとするのを、アスタロトが押さえていたのだ。

「何があったんですか」

「ちょ……暴れないで」

 ベールとルキフェルが、アスタロトの加勢に入る。純白の髪を振り乱して暴れるルシファーは、突然動きを止めた。そのまま膝から崩れ落ちる彼を、周囲の大公達が支える。だが脱力したルシファーは、もう自ら動こうとしなかった。

「リリス……」

 呟く魔王の声は弱く、ぺたりと座り込んだ膝の上でイヴが目を見開く。赤子特有の大きな目がきらきらと光り、父親を見上げた。

「あぶぅ」

「イヴ、リリスの居場所が分かるんじゃないか? 分かるだろう?」

 詰め寄るように口にする純白の魔王の表情は見えない。俯いて髪で隠れた顔は、狂気に満ちているのだろうか。駆け寄ることをせず、腕を組んでいたベルゼビュートがようやく動いた。ヒールの靴で近づき、あろうことか主君を蹴飛ばしたのだ。

「ベルゼビュート!?」

「殺しますよ」

 ベールとアスタロトに殺気を向けられても、彼女はむっとした顔で言い放った。

「男ってのは、本当に本能で生きてるのね! リリス様がいない? なんで絶望するの? 我が子が手元にいるのに。あの方は魔の森の娘、失われることはないわ。どうして信じないの!」

 戻ってくると信じなさい。魔の森が消滅していないのなら、分身である娘リリス様が消滅するはずはない。言い切られて、ルシファーはのろのろと顔を上げた。絶世の美貌が台無しだ。青ざめた顔色や頬を濡らす涙、それはそれで壮絶な色気があるが……この場の誰にも通用しなかった。

「ルシファー様、イヴ様をベッドに戻しましょう」

「そう、だね。少ししたらリリスも、けろっと帰ってくるんじゃないかな」

 アスタロトに促され、青い髪の毛先を指でくるくると弄るルキフェルが慰めを口にする。曖昧に笑みに似た表情を作るルシファーは、義務のように口角を持ち上げた。魔王として表に立つ時に作っていた顔だ。かつてまだ世界を掌握しきれていなかった頃、無理やり作った顔だった。

 このままでは凍ってしまう。魔王ルシファーの心の拠り所は、あくまでもリリスだった。愛娘イヴが手元に残っても、妻リリスがいなければ家族は成立しない。己の命より大切に思う存在が行方不明になり、ルシファーは心を閉ざしかねない。

 翼を広げて感知範囲を拡大したことで、2枚の翼はやや薄くなっていた。魔法陣で場を整えることも、己への影響を考えることもせず魔力を消費したのだ。鼻を啜りながら歩いて、イヴをベビーベッドへ寝かせて……すぐに抱き上げた。

「ルシファー様?」

「イヴまで消えたらどうしよう」

 また涙が溢れる上司の姿に、アスタロトはしばらく目を閉じて何かを考える。言葉を選びながら宥めに入った。

「ではこちらへ。イヴ様は赤子なのでベッドに寝かせる必要があります。ルシファー様のベッドで、抱き締めて眠ればいいでしょう」

「ずっと抱いている」

 構わないと言われたことで安心したのか。素直にベッドへ座った。あまりに幼くなった姿に誰もが絶句する。腫れ物に触れるように距離を取ろうとしたその時、突然ルシファーが顔を上げた。見開いた銀の瞳がきょろきょろと周囲をさ迷い、イヴを抱いたまま立ち上がる。

「ルシファー、様?」

「え、ちょ……待って。嘘っ!」

 主君を見つめるアスタロトは、ついに壊れたかと心配した。少し先でベルゼビュートはテラスの方を見つめ、口を手で覆って叫ぶ。ベールとルキフェルも彼女の声に振り返り、目を見開いた。

「え……リリス?」

 呟いたルキフェルの声は頼りなく、確認する響きが強い。それもそのはず。魔王妃リリスは半分透けていた。
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