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第7章 幼子は小さな暴君である

102.優秀な仕組みは買い取ります

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 保育所の建設は急ピッチで行われ、ブラックな職場を自ら構築するドワーフの妻から懇願が出た。曰く、三交代の8時間勤務を守らない夫がいると。現場監督に確認したところ、きちんと時間で交代させていた。記録も残っている。ならば……と翌日からドワーフの妻達が張り込みを始めた。

 これがまた、システムがしっかりしている。基本は6交代制で4時間ずつ、2人組みで監視する。監視任務に就く間の家事や子育ては、監視を委託したが参加しない奥様方が担当するようだ。あまりに良く出来た仕組みなので、彼女らに今後使わせて欲しいと申し出た。

 アイディア料を支払って権利を取得したアスタロトは機嫌がいい。これをベールに回して、魔王軍の監視行動や索敵任務の際に活用するらしい。そのほか、魔王城に勤務する文官達にも適用可能だし、侍女や侍従にも利用できそうだった。

「なあ、このシステムを保育所で使えないか?」

「どのように利用するご予定ですか」

「うーん、たとえば子どもを預ける親の中で、参加できる時間帯に協力してもらって報酬を払うとか」

「あ、無理です」

 まさかの即答で否決された。ルシファーがむすっとした顔で睨むが、慣れているアスタロトは平然と受け流す。理由を説明しろと詰め寄られ、アスタロトは「やれやれ」と肩を竦めた。この程度の理由、自分で考えてくださいと言わんばかりだ。実際、言葉に出しても言われた。

「子どもを見守る集落の機能が崩壊したのに、手の空いている主婦や母親がいるわけないでしょう。そもそも共働き率の高い魔族に、手の空いた者はいません。いたらヒモか老人でしょう」

 いや、そこまで断定しなくても……と顔を引き攣らせる上司へ、部下はさらに畳みかけた。

「そもそも、保育所は無料なのですよ? 働いてお金をもらうなら、保育所ではなく本業に励むのが普通でしょう」

 反論できずにルシファーが拗ねた。こうなると浮上させるのが面倒なので、リリスに任せようと侍女に魔王妃殿下のお出ましを要請する。少し待てば、ノックもせず扉が開かれた。今回はいろいろお願いする立場なので、余計な指摘をせず受け入れる。

「リリス様、ルシファー様が拗ねてしまわれて」

「アスタロト! 久しぶりね、またやり込めちゃったの?」

「正論をお返ししたところ、このようになりました」

 頭の上で行われる会話に「あぶぅ」とイヴの声が混じる。ルシファーがぱっと顔を上げた。黒髪と銀瞳の愛らしい姫が手を振っている。大急ぎで立ち上がり、ご機嫌のイヴを撫でた。柔らかな頬の感触が溜まらないと顔を緩める。

「ルシファー様、本日のお仕事は終わりです。残りは明日にいたしましょう」

 さっと書類を纏めて積み上げる。昔とは違い、積んでも親指程の高さもない。ルシファーならば半日で仕上げる量だった。ちらりと書類の量を確認し、アスタロトの顔を見てから頷く。互いに余計な部分は不問として執務室を出た。

「ルシファー、お外でご飯が食べたいわ」

「そうだな、星空の下も素晴らしいと思う。用意させよう、温室でいいか?」

 寒さ対策を考え温室を提案する。もちろん別の場所がよければ、結界を張れば済むことだ。愛娘を抱いたまま夫に肩を抱かれるリリスは少し考え、温室でいいと返した。温室なら入れる人が限られるし、よくお茶会をするのでソファなども設置されている。

「アデーレに頼んでくる」

「お願いね」

 ちゅっと音を立ててリリスの黒髪の上にキスを落としたルシファーは、名残惜しそうに離れた。それから数十分後……悲鳴を上げてリリスを探す魔王の姿に誰もが驚愕する。魔力感知も出来ない状態で、妻が行方不明になった。自室のベビーベッドに残された我が子を抱き締め、ルシファーは半狂乱だ。

「落ち着いてください、ルシファー様。まずは説明を」

「うるさい! リリスがいないんだ。いない……どこにも、感じない……どこだ?」

 ぶつぶつと呟き、指先を空中に滑らせる。様々な地区の景色が浮かんでは消え、凄まじい速さで魔力が消費された。魔力感知を大陸全土に掛けても見つからないルシファーは、隣大陸も対象に入れる。彼の取り乱しように、大公全員へ招集命令が出された。
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