上 下
98 / 530
第7章 幼子は小さな暴君である

96.育児は戦争、ここは戦場だった

しおりを挟む
 新しい柵が届いたので、設置して子ども達を遊ばせる。幼子は魔法を無意識に使うことも多いため、がっちり結界で覆った。これで安全だろう。

 ルシファーは昨日に残した書類作業に入った。視線の端では、幼子達が這いずり回って奇声を上げている。このままでは仕事にならないので、ベルゼビュートの夫エリゴスが応援に入った。

 リリスや大公女達は学校関連の視察で留守にしている。その間に預かった子を安全に遊ばせるため、魔王の執務室は格好の場所だ。警備が厳しく外から入ってくる者が限られ、管理されている。誘拐や拉致の心配は激減した。

 イヴも大人ばかりの状況で育てるより、同年代の子と遊んだ方がいいだろう。リリスもそうだったが、幼いうちに遊びを通して学んでいくのは大切だ。我が侭姫のリリスが、保育園二日目で「おもちゃを譲る」ことを覚えた。あの経験は、ルシファーにも糧となった。

 子が育てば親も育つ。エリゴスは自ら結界の内側に入り、子ども達の世話を始めた。何を思ったのか、今日は魔獣姿だ。護衛のヤンが気の毒そうに呻き声を漏らした。

「あれは……酷い目に遭いますぞ」

「そうなのか?」

 ルシファーは生返事をしながら書類を捲った。これは申請書だが、後回しでよさそうだ。次の報告書の方が対策を急がねばならない。処理する順番を考えながら書類を並べ替えた。

「あ、尻尾はやめ……うわっ、そこはやめて!」

 まるで襲われたような声が響き、ルシファーは手を止める。振り返った先で、エリゴスがえらいことになっていた。息子ジルが尻尾を掴んで引っ張り、後ろ足へ黄金竜ゴルティーが噛み付く。蹲ってやり過ごそうとするエリゴスの耳を、イヴが「あぶぅ」と言いながら掴んで引っ張る。あ、口に入れた。

「イヴ、ぺっして。ばっちい」

 イヴに注意する。魔獣の耳は毛に覆われているし、洗った手とは違うのだ。口に入れてはいけないし、万が一にもしゃぶったりしたら。

「魔王様、ひどい」

「悪い、そういう意味じゃない」

 汚いと言われてエリゴスが落ち込む。真顔で謝罪した。これが侍女の手だったとしても、「ぺっして」は発せられただろう。単に洗ってない何かを口に入れるなという意味だが、確かに誤解を招く表現だった。ここはお詫びして、真意を伝えるのが正しい。

 首を傾げたイヴは生えてきた歯が痒いらしい。何かを噛んで痒みを誤魔化すのは、魔獣の子にもよく見られる症状だった。おしゃぶりを取り出して近づき、揺らして見せる。目を輝かせたイヴがよいせと向きを変えて、這い這いでルシファーを目指す。にっこり笑って柵を乗り越えようとした魔王は……すっかり忘れていた。

 厳重に張った己の結界に躓き、後ろに転ぶ。即座に大型犬サイズのヤンが滑り込み、尻餅をついたルシファーを受け止めた。

「っ、助かった」

 手前で浮遊魔法が間に合ったのだが、ヤンに礼を言って立ち上がる。結界を解除し、イヴにおしゃぶりを渡した。もちろん浄化済みである。咥えたおしゃぶりを齧るイヴはご機嫌で、その間にエリゴスを助けた。

「大丈夫か?」

「尻尾の毛が……禿げてるぅ」

「治癒で治してやるから」

 宥めながら立派な尻尾を治す魔王の後ろで、今度はヤンが悲鳴をあげた。

「うぎゃっ、何を……痛っ」

 引っぺがした黄金竜は、新たなターゲットにヤンを選んだ。小さな羽を器用に動かし、危険な飛行をしてヤンの耳を掴む。子どもは手加減を知らないため、思い切り引っ張った。その間にイヴが脱出し、後ろに続くリン。

 混乱した現場で、ルシファーははたと気づく。さきほど、浮遊魔法を室内で使った。あれは結界の解除前だったか、後だったか。そもそも柵より外側なのでは? 青ざめたルシファーがふらふらと書類へ手を伸ばし、消えた押印に「ひっ」と奇妙な声を溢す。

「うわぁああ!」

 今度はなんだ! 苛立ちも露わな魔王の目に映ったのは、マーリーンにおしゃぶりを奪われた愛娘であった。

「わかった……育児は戦争だ。つまり戦場なら、専門の指揮官が必要なのだ。オレの采配が甘かった」

 ぶつぶつぼやき、侍女や侍従で手の空いている者が招集された。

「2時間でいい。大人しくさせておいてくれ」

 おもちゃや絵本で子ども達を操る侍従達を横目に、ルシファーは過去最速と思われるスピードで書類を処理し終えた。

「明日からどうしようか」

 毎日これでは身が持たない。我が子イヴは、取り返したおしゃぶりを齧る。逞しく育つだろうが、成長する前に親が倒れそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

【HIDE LEVELING】転生者は咎人だと言われました〜転生者ってバレたら殺されるらしいから、実力を隠しながらレベルアップしていきます〜

久遠ノト@マクド物書き
ファンタジー
【ステータス1の最弱主人公が送るゆるやか異世界転生ライフ】✕【バレたら殺される世界でハイドレベリング】✕【異世界人達と織り成すヒューマンドラマ】 毎日更新を再開しました。 20時に更新をさせていただきます。 第四創造世界『ARCUS』は単純なファンタジーの世界、だった。 しかし、【転生者】という要素を追加してしまってから、世界のパワーバランスが崩壊をし始めていた。挙句の果てに、この世界で転生者は罪人であり、素性が知られたら殺されてしまう程憎まれているときた! こんな世界オワコンだ! 終末までまっしぐら――と思っていたトコロ。  ▽『彼』が『初期ステータス』の状態で転生をさせられてしまった! 「こんな世界で、成長物語だって? ふざけるな!」と叫びたいところですが、『彼』はめげずに順調に協力者を獲得していき、ぐんぐんと力を伸ばしていきます。 時には強敵に負け、挫折し、泣きもします。その道は決して幸せではありません。 ですが、周りの人達に支えられ、また大きく羽ばたいていくことでしょう。弱い『彼』は努力しかできないのです。 一章:少年が異世界に馴染んでいく過程の複雑な感情を描いた章 二章:冒険者として活動し、仲間と力を得ていく成長を描いた章 三章:一人の少年が世界の理不尽に立ち向かい、理解者を得る章 四章:救いを求めている一人の少女が、歪な縁で少年と出会う章 ──四章後、『彼』が強敵に勝てるほど強くなり始めます── 【お知らせ】 他サイトで総合PVが20万行った作品の加筆修正版です 第一回小説大賞ファンタジー部門、一次審査突破(感謝) 【作者からのコメント】 成長系スキルにステータス全振りの最弱の主人公が【転生者であることがバレたら殺される世界】でレベルアップしていき、やがて無双ができるまでの成長過程を描いた超長編物語です。 力をつけていく過程をゆっくりと描いて行きますので「はやく強くなって!」と思われるかもしれませんが、第四章終わりまでお待ち下さい。 第四章までは主人公の成長と葛藤などをメインで描いた【ヒューマンドラマ】 第五章からは主人公が頭角を現していくバトル等がメインの【成り上がり期】 という構成でしています。 『クラディス』という少年の異世界ライフを描いた作品ですので、お付き合い頂けたら幸いです。 ※ヒューマンドラマがメインのファンタジーバトル作品です。 ※設定自体重めなのでシリアスな描写を含みます。 ※ゆるやか異世界転生ライフですが、ストレスフルな展開があります。 ※ハッピーエンドにするように頑張ります。(最終プロットまで作成済み) ※カクヨムでも更新中

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

異世界トリップだって楽じゃない!

yyyNo.1
ファンタジー
「いたぞ!異世界人だ!捕まえろ!」 誰よ?異世界行ったらチート貰えたって言った奴。誰よ?異世界でスキル使って楽にスローライフするって言った奴。ハーレムとか論外だから。私と変われ!そんな事私の前で言う奴がいたら百回殴らせろ。 言葉が通じない、文化も価値観すら違う世界に予告も無しに連れてこられて、いきなり追いかけられてみなさいよ。ただの女子高生にスマホ無しで生きていける訳ないじゃん! 警戒心MAX女子のひねくれ異世界生活が始まる。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう
ファンタジー
書籍1~8巻好評発売中!  コミカライズ連載中! コミックス1~3巻発売決定! ビッグバロッグ王国・大貴族エストレイヤ家次男の少年アシュト。 魔法適正『植物』という微妙でハズレな魔法属性で将軍一家に相応しくないとされ、両親から見放されてしまう。 そして、優秀な将軍の兄、将来を期待された魔法師の妹と比較され、将来を誓い合った幼馴染は兄の婚約者になってしまい……アシュトはもう家にいることができず、十八歳で未開の大地オーベルシュタインの領主になる。 一人、森で暮らそうとするアシュトの元に、希少な種族たちが次々と集まり、やがて大きな村となり……ハズレ属性と思われた『植物』魔法は、未開の地での生活には欠かせない魔法だった! これは、植物魔法師アシュトが、未開の地オーベルシュタインで仲間たちと共に過ごすスローライフ物語。

処理中です...