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第6章 侵入者か難民か

85.どこで拾って来たんですか

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 朝出勤するなり、連れ去られたルーシアは手の上に置かれた小さな精霊を見つめる。精霊族は二種類に分かれる。他種族と同じ肉体を持つ者と半透明で自然に近い者。どちらも同じ精霊なのだが、たいていは髪や瞳の色で属性が分かる。

 ルーシアはじっくり観察した後、首を横に振った。

「この色は分かりませんね」

 申し訳なさそうに返されてしまった。受け取ったルシファーが唸る。ベルゼビュートの「この世界の精霊じゃない」の言葉が、急に信憑性を帯びてきた。8万年も付き合いがあるのに、ここまで疑われるベルゼビュートも配下として問題あるが……。

「安全が確認できるまで隔離かな」

 もし他者に危害を加える精霊だった場合、放置するわけにいかない。だが結界で保管も困る。考え込んだルシファーの隣で、リリスがこてりと首を傾げた。

「お母様の世界樹に放り込んでみたらどう?」

「……どうなるんだ?」

 世界樹は、魔の森の奥に立つ巨木だ。当初は魔の森の主だと思われたが、今は世界樹と名乗るただの巨木として認識されている。魔の森の娘であるリリスが目覚める前に起きた事件が原因なのだが、その時に一度切り倒されているから、今の世界樹は2代目だった。

「分からないわ。でも精霊の回復って世界樹で可能だったと思うのよね」

「初耳です」

「オレも知らない」

 しーんと静まり返る。リリスは当たり前のように口にしたが、魔王以下誰も知らない情報だった。おしゃぶりをもぐもぐ揺らすイヴを抱いて、リリスは反対側へ首を傾けた。

「誰も知らないの?」

「ああ、知らないはずだ」

 少なくともオレが知らないなら、上層部の大公を含めて魔王軍の者も知らないだろう。ルシファーが断言したことで、眉を寄せたリリスが溜め息を吐いた。

「こういうところ、お母様よね」

 万物の母、魔の森相手にそんな言葉が吐けるのは娘のリリスくらいだ。呆れたと言いながら説明するリリスによると、世界樹は様々な生き物を癒す効果があるらしい。回復に関しての能力は、治癒魔法を使うベルゼビュートを凌ぐとか。知っていたら活用方法もあったが、今となっては後の祭りである。

 今後活用を考えるとして、灰色の精霊が弱っているので世界樹に預ける方向で決まった。さっさと飛ぼうとするルシファーに、ルーシアが進言する。

「大公様にご相談した方がいいのではありませんか?」

 後で叱られても知りませんよ。声に出さなかった後半部分を察したルシファーは「そうしよう」と方向変換する。アスタロトがいない今、勝手に動いた尻ぬぐいはベールに向かう。絶対に叱られる。灰色の精霊を手に載せ、大急ぎで同じ階にあるベールの執務室へ向かった。

「ベール、オレだが」

「ノックをしないのはあなたとリリス様くらいです」

 呆れを含んだ声が答え、顔を上げたベールは青い瞳を細めてペンを置いた。作業していた書類を避ける。彼の机に大量の書類が積まれることはほぼなく、届いた順番で丁寧に処理されていた。その机に、ルシファーは灰色の精霊を置く。

「精霊、ですか」

「ベルゼが言うには、この世界の精霊じゃない味がするらしい」

「……味」

 やっぱり同じ場所に引っかかるのは、付き合いが長いから? 奇妙な部分を気に掛けるリリスも同類なのだが、本人は自覚がない。

「どこで拾って来たんですか」

 拾った場所へ捨ててきなさい。叱る母親のような口調のベールは、リリスが拾われた時も同じ意味の発言をした。魔王ルシファーはいつも何かを拾って来ると呆れているのだ。

「イヴが掴んだ。空中にいたらしいぞ」

「……まさか、魔王の私室に現れた?」

 魔王城どころか、この世界でもっとも堅固で安全な場所だ。半透明の精霊だろうが、幽霊であったとしても、簡単に侵入されては困る。ベールは慌てて隣室のルキフェルを呼び寄せた。

「僕の設置した魔法陣の防御をすり抜けた、精霊……」

 舌舐めずりしそうな笑顔で、ルキフェルが手を伸ばす。

「その精霊、僕に頂戴」
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