74 / 530
第5章 各家庭の教育方針
73.乳を与える父親という羨ましい話
しおりを挟む
「事前に伝えたわよ。許可だって貰ったんだから」
「誰に?」
情報伝達に問題があるなら、事前に対策しないと。その程度のつもりで尋ねたルシファーへ、ベルゼビュートはうーんと悩んだ。名前が思い出せないらしい。
「ほら、侍従長のベリアルの部下で、ふわふわっとした子犬っぽい……えっと、フル? あ、フルフル! 彼よ」
「あの子か」
以前もアベルの世話係をした際、大切な情報を伝達し忘れた前科がある。今回も伝えたつもりになっているか、伝えるのが遅かったのどちらかだろう。過失だから厳しく叱るのも気が引ける。何よりあのコボルト特有のふわふわした毛並みが、叱りづらさを増長した。
「叱りづらいな」
「わかるわ。あの柔らかい毛並みは、エリゴスに匹敵するもの」
夫と比べるのもどうかと思うが……と、ルシファーは目の前の光景に慌てた。
「ベルゼ! 息子が窒息してる」
「え? あらやだ、本当だわ」
事態のわりに、緊迫感の薄い受け答えをしたベルゼビュートは、息子の背中をぽんぽん叩く。それから慣れた様子で口付けた。ふっと空気を送り込み、何度かそれを繰り返す。けほんと咳き込んだ息子ジルが、大きく息を吸い込んだ。泣き出すかと思ったが、けろりとしている。
「まさかとは思うが……その」
「平気ですわ、陛下。あたくしの子ですから、このくらい日常ですもの」
額に手を当てて唸る。やはりそうか。ここはジルの保護を目的に取り上げるべきか? でも両親が揃っている家から、子を奪うのは……云々。顔色を青くしたり赤くしたり忙しいルシファーは、収納から小さな宝石を取りだした。それに魔法陣を刻んでペンダントにする。
美しい銀色の飾りは淡いピンクの宝石がはめ込まれていた。以前リリスに上げようとしたら、色が気に入らなくて却下された宝石だ。捨てるより活用しよう。それをジルの首に掛けた。近づいた際、イヴが好奇心から手を伸ばそうとするが、さっとルシファーが握って隠す。
異性に触れるのはまだ早い。むっとした顔で刻んだ魔法陣を発動させた。
「あら、結界?」
「そうだ、お前が窒息させたり溺れさせたりしないための措置だ」
「助かりますわ。よく入浴中に沈むから」
「それは手を離したんじゃないか?」
入浴中によそ見をしたか、自分を洗うのに夢中で忘れたか。ベルゼビュートならその辺だろう。想像は大当たりだったらしい。
「よくご存じですわね。覗いてらしたの?」
「……分からない奴がいたら見てみたい」
呆れ混じりに溜め息を吐いた。ベルゼビュートは己が治癒に特化していることに加え、ジルが長い間幼児のままでいることに慣れてしまった。多少の危険があっても取り返しがついてしまうのだ。だが危険に晒していい理由にはならない。
結界の上から頭を撫でる。父親であるエリゴスの毛色に似た灰色の髪は、少し硬かった。母親譲りの桃色の瞳は色が濃く、そこそこの魔力量があると示している。この母親では心配だが……結界があれば生き残れるだろう。がんばれ。心の中で応援して手を引いた。
哺乳瓶の中身を飲み干したイヴは、ちゅっちゅと音をさせながらまだ足りないと主張する。新しい哺乳瓶を取りだし、温度を確かめてから交換した。
「ほーら、イヴぅ。おいちいぞぉ」
ちょっと民に聞かせられない甘い声でミルクを与えると、下でぐぅと腹の音が聞こえた。ジルか? 目が合うと嬉しそうに手を伸ばす……が、お前の食料は目の前の母親の乳だろう。
「ベルゼ、ジルが空腹らしいぞ」
「え? あら、でもエリゴスがいないから困ったわね」
「なぜエリゴスなんだ?」
でかい乳から飲ませればいい。オレは退室すると言いかけたルシファーの耳に、とんでもない言葉が飛び込んだ。
「魔獣の時のエリゴスが乳を与えてるの」
「は?!」
父親なのに、自前の乳を!? なんて羨ましい。ぎりぃ、歯を食いしばった後、ひとつ深呼吸して気持ちを落ち着けたルシファーは、予備の哺乳瓶ミルクをジルの口に突っ込んだ。そのまま無言で部屋を出る。
オレも乳が出ないだろうか、獣に変化したら出るのか? 側近がいたら慌てて止めるだろうが、ルシファーは服をはだけてイヴの前に差し出してみる。しかし見事に無視されてしまった。
「誰に?」
情報伝達に問題があるなら、事前に対策しないと。その程度のつもりで尋ねたルシファーへ、ベルゼビュートはうーんと悩んだ。名前が思い出せないらしい。
「ほら、侍従長のベリアルの部下で、ふわふわっとした子犬っぽい……えっと、フル? あ、フルフル! 彼よ」
「あの子か」
以前もアベルの世話係をした際、大切な情報を伝達し忘れた前科がある。今回も伝えたつもりになっているか、伝えるのが遅かったのどちらかだろう。過失だから厳しく叱るのも気が引ける。何よりあのコボルト特有のふわふわした毛並みが、叱りづらさを増長した。
「叱りづらいな」
「わかるわ。あの柔らかい毛並みは、エリゴスに匹敵するもの」
夫と比べるのもどうかと思うが……と、ルシファーは目の前の光景に慌てた。
「ベルゼ! 息子が窒息してる」
「え? あらやだ、本当だわ」
事態のわりに、緊迫感の薄い受け答えをしたベルゼビュートは、息子の背中をぽんぽん叩く。それから慣れた様子で口付けた。ふっと空気を送り込み、何度かそれを繰り返す。けほんと咳き込んだ息子ジルが、大きく息を吸い込んだ。泣き出すかと思ったが、けろりとしている。
「まさかとは思うが……その」
「平気ですわ、陛下。あたくしの子ですから、このくらい日常ですもの」
額に手を当てて唸る。やはりそうか。ここはジルの保護を目的に取り上げるべきか? でも両親が揃っている家から、子を奪うのは……云々。顔色を青くしたり赤くしたり忙しいルシファーは、収納から小さな宝石を取りだした。それに魔法陣を刻んでペンダントにする。
美しい銀色の飾りは淡いピンクの宝石がはめ込まれていた。以前リリスに上げようとしたら、色が気に入らなくて却下された宝石だ。捨てるより活用しよう。それをジルの首に掛けた。近づいた際、イヴが好奇心から手を伸ばそうとするが、さっとルシファーが握って隠す。
異性に触れるのはまだ早い。むっとした顔で刻んだ魔法陣を発動させた。
「あら、結界?」
「そうだ、お前が窒息させたり溺れさせたりしないための措置だ」
「助かりますわ。よく入浴中に沈むから」
「それは手を離したんじゃないか?」
入浴中によそ見をしたか、自分を洗うのに夢中で忘れたか。ベルゼビュートならその辺だろう。想像は大当たりだったらしい。
「よくご存じですわね。覗いてらしたの?」
「……分からない奴がいたら見てみたい」
呆れ混じりに溜め息を吐いた。ベルゼビュートは己が治癒に特化していることに加え、ジルが長い間幼児のままでいることに慣れてしまった。多少の危険があっても取り返しがついてしまうのだ。だが危険に晒していい理由にはならない。
結界の上から頭を撫でる。父親であるエリゴスの毛色に似た灰色の髪は、少し硬かった。母親譲りの桃色の瞳は色が濃く、そこそこの魔力量があると示している。この母親では心配だが……結界があれば生き残れるだろう。がんばれ。心の中で応援して手を引いた。
哺乳瓶の中身を飲み干したイヴは、ちゅっちゅと音をさせながらまだ足りないと主張する。新しい哺乳瓶を取りだし、温度を確かめてから交換した。
「ほーら、イヴぅ。おいちいぞぉ」
ちょっと民に聞かせられない甘い声でミルクを与えると、下でぐぅと腹の音が聞こえた。ジルか? 目が合うと嬉しそうに手を伸ばす……が、お前の食料は目の前の母親の乳だろう。
「ベルゼ、ジルが空腹らしいぞ」
「え? あら、でもエリゴスがいないから困ったわね」
「なぜエリゴスなんだ?」
でかい乳から飲ませればいい。オレは退室すると言いかけたルシファーの耳に、とんでもない言葉が飛び込んだ。
「魔獣の時のエリゴスが乳を与えてるの」
「は?!」
父親なのに、自前の乳を!? なんて羨ましい。ぎりぃ、歯を食いしばった後、ひとつ深呼吸して気持ちを落ち着けたルシファーは、予備の哺乳瓶ミルクをジルの口に突っ込んだ。そのまま無言で部屋を出る。
オレも乳が出ないだろうか、獣に変化したら出るのか? 側近がいたら慌てて止めるだろうが、ルシファーは服をはだけてイヴの前に差し出してみる。しかし見事に無視されてしまった。
20
お気に入りに追加
746
あなたにおすすめの小説
【完結】エルモアの使者~突然死したアラフォー女子が異世界転生したらハーフエルフの王女になってました~
月城 亜希人
ファンタジー
やりたいことを我慢して質素に暮らしてきたアラフォー地味女ミタラシ・アンコが、理不尽な理由で神に命を奪われ地球から追放される。新たに受けた生は惑星エルモアにある小国ガーランディアの第二子となるハーフエルフの王女ノイン・ガーランディア。アンコは死産する予定だった王女に乗り移る形で転生を果たす。またその際、惑星エルモアのクピドから魔物との意思疎通が可能になるなどの幾つかのギフトを授かる。ところが、死産する予定であった為に魔力を持たず、第一子である腹違いの兄ルイン・ガーランディアが魔族の先祖返りとして第一王妃共々追放されていたことで、自身もまた不吉な忌み子として扱われていた。それでも献身的に世話をしてくれる使用人のロディとアリーシャがいた為、三歳までは平穏に過ごしてきたのだが、その二人も実はノインがギフトを用いたら始末するようにと王妃ルリアナから命じられていた暗殺者だった。ノインはエルモアの導きでその事実を知り、またエルモアの力添えで静寂の森へと転移し危機を脱する。その森で帝国の第一皇子ドルモアに命を狙われている第七皇子ルシウスと出会い、その危機を救う。ノインとルシウスはしばらく森で過ごし、魔物を仲間にしながら平穏に過ごすも、買い物に出た町でロディとアリーシャに遭遇する。死を覚悟するノインだったが、二人は既に非情なルリアナを見限っており、ノインの父であるノルギス王に忠誠を誓っていたことを明かす。誤解が解けたノイン一行はガーランディア王国に帰還することとなる。その同時期に帝国では第一皇子ドルモアが離反、また第六皇子ゲオルグが皇帝を弑逆、皇位を簒奪する。ドルモアはルリアナと共に新たな国を興し、ゲオルグと結託。二帝国同盟を作り戦争を起こす。これに対しノルギスは隣国と結び二王国同盟を作り対抗する。ドルモアは幼少期に拾った星の欠片に宿る外界の徒の導きに従い惑星エルモアを乗っ取ろうと目論んでいた。十数年の戦いを経て、成長したノイン一行は二帝国同盟を倒すことに成功するも、空から外界の徒の本体である星を食らう星プラネットイーターが降ってくる。惑星エルモアの危機に、ノインがこれまで仲間にした魔物たちが自らを犠牲にプラネットイーターに立ち向かい、惑星エルモアは守られ世界に平和が訪れる。
※直接的な表現は避けていますが、残酷、暴力、性犯罪描写が含まれます。
それらを推奨するものではありません。
この作品はカクヨム、なろうでも掲載しています。
転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。
前代未聞のダンジョンメーカー
黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。
けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。
というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない?
そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。
小説家になろうでも掲載しております。
クソガキ、暴れます。
サイリウム
ファンタジー
気が付いたら鬱エロゲ(SRPG)世界の曇らせ凌辱負けヒロイン、しかも原作開始10年前に転生しちゃったお話。自分が原作のようになるのは死んでも嫌なので、原作知識を使って信仰を失ってしまった神様を再降臨。力を借りて成長していきます。師匠にクソつよお婆ちゃん、騎馬にクソデカペガサスを連れて、完膚なきまでにシナリオをぶっ壊します。
ハーメルン、カクヨム、なろうでも投稿しております。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】
ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!
小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。
しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。
チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。
研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。
ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。
新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。
しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。
もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。
実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。
結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。
すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。
主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる