上 下
37 / 530
第3章 昔話は長いもの

36.強請られたので応じるのもいいでしょう

しおりを挟む
「その頃からルシファーって、こんな感じなのね」

 曖昧な表現でぼかすリリスに、全員が頷いた。綺麗に揃った動きに、ルシファーが肩を落とす。こんな感じって……どんな感じだ? いい意味には聞こえなかった。

「あらあら、起きちゃったかな」

 話が一段落したところで、イヴが「うーっ」と声を上げた。おむつか乳か。どちらにしろ人前で対応するわけにいかない。首が座る月齢になるまで、結界で首を守られるイヴは「あぶぅ」と両手を振り回した。軽々と抱き上げたルシファーが、リリスを連れて自室へ戻る。

 一礼して魔王と魔王妃の退室を見送り、一同は再びソファに腰掛けた。

「お義父様、その呪いというのは消せないのですか?」

 出会った頃怯えたのが嘘のように、ルーサルカはアスタロトに接する。結婚相手を探していた頃より、結婚後の今の方が過保護に思えるほど、アスタロトは義娘を可愛がっていた。その噂は周辺の魔族にも広がっており、獣耳がない半端な獣人状態のルーサルカにケンカを売る種族はいない。

 実は5年ほど前にルーサルカに嫌がらせをした獣人がいたのだが、一家そろって行方不明になったとか。その後干からびた死体が見つかった、と尾びれが付いた噂が城下町を一時賑わせた。絶対にアスタロトが絡んでるぞ、文末をそう締め括ったルシファーの報告書が紛失したのも城内では有名な話だ。

「呪いですか。消せないと思いますよ。正確にはこの体を枷として、何かを封印しているのだと思いますが」

 解放したことがないので、何が封印されているのか分からない。この辺の事情を知るとしたら、魔の森くらいだろうか。本人も封じた記憶がないと言うのだから、状況が掴めなかった。その旨を説明され、ルーサルカは表情を曇らせた。

「それでは、お義父様の負担が大きいと思います。陛下の魔力も増えたことですし、開放して退治することは不可能でしょうか」

「心配は有難いのですが、ルシファー様のお力を借りずとも抑え込めています。これでいいのですよ」

 主君の魔力を当てにして封印を解くことは出来ない。万が一にも主君に害が及ぶことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。そう告げるアスタロトの表情は穏やかだった。建前ではなく本音だと知り、ルーサルカも余計な言葉は飲み込む。

「僕としては、ベールの話が少なくて不満」

 ぷっと頬を膨らませて話題を変えたルキフェルへ、ベルゼビュートがうふふと笑う。その表情に、アスタロトも口元を緩めた。

「それなら面白い話をしてあげましょうか。ベールは、ルシファー様に本気で攻撃したことがあるのですよ」

「あったわね。あの時はこっちもとばっちりを受けて」

 ベルゼビュートは焼き菓子の横に積まれたチョコレートを摘まみ、口へ放り込んだ。興味深い話題に、ルキフェルの薄青の目が輝く。

「その辺、詳しく!」

 大公女達も昔話の大盤振る舞いに、興味津々の表情だった。シトリーは家に「今日は帰宅が遅れます」と連絡を入れ、隣でルーシアも似たような伝令を飛ばす。ルーサルカからアベルへの連絡は、アスタロトが代行した。足元から影がにょっと立ち上がり伝言されるのだが、以前は飛び上がって驚いたアベルもかなり慣れたとか。

「一度目は森で遭遇した時、二度目は神獣の子が傷つけられた時でした。どちらがいいですか?」

 アスタロトは分かりきった答えを求め、紅茶を口に運ぶ。冷めた紅茶のカップに爪先を触れ、ぴんと弾いて温度を変えた。湯気をたてる紅茶を一口、顔を上げたところにルキフェルが「両方」と返す。想像通りの答えに、アスタロトは「では」とカップをソーサーに戻した。

 普段は冷静沈着を絵に描いたような真面目なベールの過去は、ルキフェルの想像と違っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

人並み外れた力をさらに外れた力を持つ道化師の異世界旅

十本スイ
ファンタジー
人並み外れた力をさらに外れた力――《外道魔術》。親友二人の異世界召喚に巻き込まれた白桐望太に備わった異質な能力。しかも潜在的な職業が道化師というわけの分からないステータスまでついている。臆病だがズル賢い望太が、異世界を呑気に旅をして気ままに人助け(ほぼ女性限定)なんかをするスローライフならぬスロートラベラー。になればと思い旅をする主人公が、結局いろいろ巻き込まれる物語。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

異世界トリップだって楽じゃない!

yyyNo.1
ファンタジー
「いたぞ!異世界人だ!捕まえろ!」 誰よ?異世界行ったらチート貰えたって言った奴。誰よ?異世界でスキル使って楽にスローライフするって言った奴。ハーレムとか論外だから。私と変われ!そんな事私の前で言う奴がいたら百回殴らせろ。 言葉が通じない、文化も価値観すら違う世界に予告も無しに連れてこられて、いきなり追いかけられてみなさいよ。ただの女子高生にスマホ無しで生きていける訳ないじゃん! 警戒心MAX女子のひねくれ異世界生活が始まる。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう
ファンタジー
書籍1~8巻好評発売中!  コミカライズ連載中! コミックス1~3巻発売決定! ビッグバロッグ王国・大貴族エストレイヤ家次男の少年アシュト。 魔法適正『植物』という微妙でハズレな魔法属性で将軍一家に相応しくないとされ、両親から見放されてしまう。 そして、優秀な将軍の兄、将来を期待された魔法師の妹と比較され、将来を誓い合った幼馴染は兄の婚約者になってしまい……アシュトはもう家にいることができず、十八歳で未開の大地オーベルシュタインの領主になる。 一人、森で暮らそうとするアシュトの元に、希少な種族たちが次々と集まり、やがて大きな村となり……ハズレ属性と思われた『植物』魔法は、未開の地での生活には欠かせない魔法だった! これは、植物魔法師アシュトが、未開の地オーベルシュタインで仲間たちと共に過ごすスローライフ物語。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

処理中です...