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第3章 昔話は長いもの

36.強請られたので応じるのもいいでしょう

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「その頃からルシファーって、こんな感じなのね」

 曖昧な表現でぼかすリリスに、全員が頷いた。綺麗に揃った動きに、ルシファーが肩を落とす。こんな感じって……どんな感じだ? いい意味には聞こえなかった。

「あらあら、起きちゃったかな」

 話が一段落したところで、イヴが「うーっ」と声を上げた。おむつか乳か。どちらにしろ人前で対応するわけにいかない。首が座る月齢になるまで、結界で首を守られるイヴは「あぶぅ」と両手を振り回した。軽々と抱き上げたルシファーが、リリスを連れて自室へ戻る。

 一礼して魔王と魔王妃の退室を見送り、一同は再びソファに腰掛けた。

「お義父様、その呪いというのは消せないのですか?」

 出会った頃怯えたのが嘘のように、ルーサルカはアスタロトに接する。結婚相手を探していた頃より、結婚後の今の方が過保護に思えるほど、アスタロトは義娘を可愛がっていた。その噂は周辺の魔族にも広がっており、獣耳がない半端な獣人状態のルーサルカにケンカを売る種族はいない。

 実は5年ほど前にルーサルカに嫌がらせをした獣人がいたのだが、一家そろって行方不明になったとか。その後干からびた死体が見つかった、と尾びれが付いた噂が城下町を一時賑わせた。絶対にアスタロトが絡んでるぞ、文末をそう締め括ったルシファーの報告書が紛失したのも城内では有名な話だ。

「呪いですか。消せないと思いますよ。正確にはこの体を枷として、何かを封印しているのだと思いますが」

 解放したことがないので、何が封印されているのか分からない。この辺の事情を知るとしたら、魔の森くらいだろうか。本人も封じた記憶がないと言うのだから、状況が掴めなかった。その旨を説明され、ルーサルカは表情を曇らせた。

「それでは、お義父様の負担が大きいと思います。陛下の魔力も増えたことですし、開放して退治することは不可能でしょうか」

「心配は有難いのですが、ルシファー様のお力を借りずとも抑え込めています。これでいいのですよ」

 主君の魔力を当てにして封印を解くことは出来ない。万が一にも主君に害が及ぶことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。そう告げるアスタロトの表情は穏やかだった。建前ではなく本音だと知り、ルーサルカも余計な言葉は飲み込む。

「僕としては、ベールの話が少なくて不満」

 ぷっと頬を膨らませて話題を変えたルキフェルへ、ベルゼビュートがうふふと笑う。その表情に、アスタロトも口元を緩めた。

「それなら面白い話をしてあげましょうか。ベールは、ルシファー様に本気で攻撃したことがあるのですよ」

「あったわね。あの時はこっちもとばっちりを受けて」

 ベルゼビュートは焼き菓子の横に積まれたチョコレートを摘まみ、口へ放り込んだ。興味深い話題に、ルキフェルの薄青の目が輝く。

「その辺、詳しく!」

 大公女達も昔話の大盤振る舞いに、興味津々の表情だった。シトリーは家に「今日は帰宅が遅れます」と連絡を入れ、隣でルーシアも似たような伝令を飛ばす。ルーサルカからアベルへの連絡は、アスタロトが代行した。足元から影がにょっと立ち上がり伝言されるのだが、以前は飛び上がって驚いたアベルもかなり慣れたとか。

「一度目は森で遭遇した時、二度目は神獣の子が傷つけられた時でした。どちらがいいですか?」

 アスタロトは分かりきった答えを求め、紅茶を口に運ぶ。冷めた紅茶のカップに爪先を触れ、ぴんと弾いて温度を変えた。湯気をたてる紅茶を一口、顔を上げたところにルキフェルが「両方」と返す。想像通りの答えに、アスタロトは「では」とカップをソーサーに戻した。

 普段は冷静沈着を絵に描いたような真面目なベールの過去は、ルキフェルの想像と違っていた。
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