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第3章 昔話は長いもの

34.赤黒い炎を超えた戦いの果て

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 踏み込むアスタロトの攻撃を左にかわす。と同時に、右手を添えたデスサイズを回転させた。剣を絡め取ろうとする動きに、赤い瞳の吸血鬼王は即座に反応する。

「体が小さいと戦いづらい」

 大きな鎌を振り回しながら、ぼそっと呟く。文句を言ってやり過ごさないと、うっかり首を落としそうだった。理知的に攻撃を組み立てるアスタロトの方がやりにくい。その意味では、まだ今の彼はあしらいやすかった。魔力量も豊富だし、どのくらい相手をしたら力尽きてくれるか。

 持久戦を覚悟したルシファーは、右側から近づく魔力に身を震わせる。凝縮された魔力が、炎の向こうに透けて見える気がした。それほどの強者は、ベールかベルゼビュートしか知らない。

「ベルゼ?」

 もう戻って来たのか。相性が悪そうな二人を戦わせないよう、彼女を遠ざけたのに。遠慮容赦なく二人が戦えば、地が裂けて空が割れそうだ。

「ルシファー様! あたくしが殺りますわ!」

「殺すな!」

 残念と唇を尖らせたものの、ベルゼビュートは命令を聞くつもりはあるようだ。がきんと大きな音をさせ、剣同士を叩きつけた。通常の剣でそんなことをすれば刃が潰れ、下手すれば折れる。だが魔力が生み出す虹色の刃に、ベルゼビュートは愛用する魔剣を平然とぶつけた。火花を散らす剣に刃毀れの心配は不要らしい。

 剣を覆うように魔力を添わせるベルゼビュートの器用さに、ルシファーは安堵の息をついた。アスタロトと戦ったのは数分だというのに、時間を刻んで使うため酷く疲れる。

「このっ! 根性悪ぅ!! でも欠点はもう克服したのよ」

 左からの攻撃に反応が遅れるベルゼビュートは、その欠点を完全に克服した。何度か手合わせしたら、すぐに修正してくる器用な一面がある。なのに、同じ剣筋で戦う不器用さも同居していた。

「ベルゼ、バランスを崩させろ」

「承知っ! って、この、あほっ、ぼけっ! そっちはダメ」

 まるで敗戦する側の発言だが、ベルゼビュートは少しずつ押し返していく。激しく剣がぶつかるたびに、火花が周囲に散った。アスタロト自身は赤黒い炎に飲まれることはないようだが、ベルゼビュートやルシファーは違う。それぞれに結界で己を保護していた。

 常に魔力を放出して戦う二人は消耗を防ぐため、交互に入れ替わった。

「んもうっ! 面倒臭い男ね、いい加減倒れなさいっての!」

「っ、下がれ!」

 膠着する戦いに苛立ったベルゼビュートが前に出る。誘われた形だが、通常ならそれでも反撃に対処できただろう。しかし、ベルゼビュートは足元に現れた黒い影に、足首を掴まれて動きが遅れた。叫んだルシファーの注意は遅く、ベルゼビュートの白い肌にざくりと刃が埋まる。

「っうう、っ!!」

 ガラン、音を立てて剣が落ちた。光っていた刃から光が消える。魔力の供給が途絶えた剣を、左手で拾おうとするベルゼビュートへアスタロトが仕掛けた。咄嗟に避けるが、頬に傷を負う。ピンクの髪が一房、はらりと落ちて燃えた。

 にやりと笑うアスタロトの表情は、邪悪な雰囲気漂うのに目が虚だった。己の意識ではない物が、アスタロトを動かしている。

「ベルゼ、下がれ」

「ルシファー様、まだいけますわ」

「行かなくていい」

 消耗させてアスタロトから引きずり出すつもりだったが、予定変更だ。くるりと手の中で回した鎌を立てて止めた。

「デス、直接行けるか?」

『ふむ……難しいな、失敗しても怒るなよ』

 振動して言葉を発した鎌は、刃を撫でるように動かすルシファーの血を浴びて赤く濡れた。高温の炎に炙られた状況でも、その血が蒸発することはない。鈍く光る鎌に、ベルゼビュートは恐怖を覚えた。

「く、るな……」

 狂化して初めて、アスタロトが混乱と恐怖の言葉を放つ。血で赤く染まった手でデスサイズを回したルシファーが、地を蹴り距離を詰めた。目の前に飛び出した子どもの攻撃を防ごうと、アスタロトが両手を交差させる。

「遅い、それと……失敗したらごめんな」

 とんでもないセリフを付けて、ルシファーの身長を超える大きな鎌はアスタロトを叩き切った。
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