上 下
8 / 530
第1章 出産から始まる騒動

07.こっそり食べるから美味いんだ

しおりを挟む
「こっそり食べるから美味いんだ」

「わかるわ」

 魔王ルシファーは、リリスが眠るベッドに潜り込んだ。シーツを頭まで被り、ひそひそと会話を始める。私室なのだから堂々と過ごせばいいのだが、問題は隠して持ち帰ったチョコにあった。献上された飲食物は、確認してから口にすること。魔王城のルールのひとつである。

 魔族は弱肉強食を旨とするが、弱い種族は滅ぼせという方針でもなかった。強者は弱者を労わり守る義務がある。どの種族も弱点はあり、互いに補い合っていた。種族間での争いが起きれば、強者である魔王を頂点とした大公達が動く。故に一方的な虐殺や戦いが起きることはなかった。

 彼らにとっての弱肉強食は、ひとつの序列だ。強いと分かっている者とむやみに戦い、傷つくことがないよう振舞う指針だった。そんな強者の集う魔王城は、いくつものルールで動いている。献上された飲食物の確認は、過去のある事件によって定められた。

 まだ種族間の争いが激しかった頃、魔王ルシファーの采配に不満を持つ者が毒殺を試みたのだ。だが魔王は猛毒であっても「ぴりっとうまい」程度の感想しか持たない。全く効果はなかった。問題はここから先だ。平然と食べた魔王の様子を見た侍従は、残った菓子を持ち帰って同僚と分け合った。当然毒が回って苦しむこととなる。すぐに解毒されたので、死者がゼロなのは幸いだった。

 これ以降、魔王城に住むルシファー以外の魔族のために「飲食物はチェックする」というルールが制定された。ルシファー自身は自分に関係ないと考えており、よく摘まみ食いをして叱られる。故に今回も「叱られないため」にシーツを被っていた。

「先に食べるぞ」

 毒見を兼ねて口に入れる。甘く蕩ける味に口元が緩んだ。その表情で安全を確認したリリスへ、ルシファーの白い指がチョコを差し出す。ほんのりとした苦みが残る上質な口どけに、二人でお互いに食べさせ合った。

「久しぶりね。こういうの」

「ずっとリリスの悪阻つわりが酷かったからな」

 果物以外ほとんど口に出来なかったリリスは、菓子の甘さに頬を両手で包んだ。零れ落ちそうとはこのことだろう。ふふっと笑みが浮かんで、またチョコへ手を伸ばす。

「……何をしてるんでしょうね、この馬鹿は」

 魔王の側近で部下のはずのアスタロトは、容赦なく指摘しながらシーツを剥いだ。胎児のように丸くなって向かい合い、中央にチョコの箱がぽつんと置かれた間抜けな姿を晒す。魔王ルシファーがきりっと言い返した。その手はこっそりチョコの箱を背に隠そうとし、アスタロトに強制徴収された。

「ここは私室だぞ。何をしようと夫婦の自由だ!」

「ルールを守っての自由時間なら、私は何も言いませんよ?」

 分かっています。このチョコは毒の有無を確認せずに隠匿しましたね。その上でこっそり魔王妃と食べた。完全にルール違反ですよ。声にしなかった脅迫めいた台詞が伝わり、ルシファーは青褪めた。これは説教案件か?

「いくらあなたに毒が効かなくても、他の人も同じとは限りません。上位の者は手本になるべく手順を踏む、その重要性はお分かりですね?」

 上位者がルールを守れば、下の者も自然と従う。逆もまた然り。何度も説明したはずですが? アスタロトの鋭い眼差しに、魔王はそっと目を逸らした。

「……アシュタ、寒いわ」

「これは失礼いたしました」

 空気を読まないのか、読んだから口を挟んだのか。リリスは平然とアスタロトに文句をつける。アスタロトもここは争わずに引いた。

「姫君がぐずってるようなので、連れてきてもいいですか?」

 口調が少し砕けたことから、アスタロトの機嫌が良くなったと判断したルシファーが頷く。それからもそもそと立ち上がった。皺になったローブをぱっぱと叩く。乱れた純白の髪を手櫛で直し、魔王妃リリスを毛布で丁寧に包んだ。

「ちょっとイヴを連れてくる」

「いってらっしゃい、ルシファー。早く戻ってね」

 甘い夫婦の会話に紛れた単語に、側近の吸血鬼王は眉を寄せる。イヴ……ですか? まさかもう名づけを!?

「ルシファー様、今のお名前は……」

「ああ、姫の名前だ。可愛いだろう? イヴリースだと長いからイヴにした」

「は……? はぁああああ!? 何ですか、それは!! こら、待ちなさい」

 最初の「は?」の時点で嫌な予感がしたルシファーはさっさと逃げ出し、慌てて追いかける吸血鬼王が姿を消す。蓑虫のように毛布に包まれたリリスはうとうとしながら見送り、欠伸交じりに呟いた。

「まったく。アシュタもルシファーも、どうしてこう騒がしいのかしら」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生してスローライフ?そんなもの絶対にしたくありません!

シンさん
ファンタジー
婚約を破棄して、自由気ままにスローライフをしたいなんて絶対にあり得ない。 悪役令嬢に転生した超貧乏な前世をおくっいた泰子は、贅沢三昧でくらせるならバッドエンドも受け入れると誓う。 だって、何にも出来ない侯爵令嬢が、スローライフとか普通に無理でしょ。 ちょっと人生なめてるよね。 田舎暮らしが簡単で幸せだとでもおもっているのかしら。 そのおめでたい考えが、破滅を生むのよ! 虐げられてきた女の子が、小説の残虐非道な侯爵令嬢に転生して始まるズッコケライフ。

ゴミスキル『空気清浄』で異世界浄化の旅~捨てられたけど、とてもおいしいです(意味深)~

夢・風魔
ファンタジー
高校二年生最後の日。由樹空(ゆうきそら)は同じクラスの男子生徒と共に異世界へと召喚された。 全員の適正職業とスキルが鑑定され、空は「空気師」という職業と「空気清浄」というスキルがあると判明。 花粉症だった空は歓喜。 しかし召喚主やクラスメイトから笑いものにされ、彼はひとり森の中へ置いてけぼりに。 (アレルギー成分から)生き残るため、スキルを唱え続ける空。 モンスターに襲われ樹の上に逃げた彼を、美しい二人のエルフが救う。 命を救って貰ったお礼にと、森に漂う瘴気を浄化することになった空。 スキルを使い続けるうちにレベルはカンストし、そして新たに「空気操作」のスキルを得る。 *作者は賢くありません。作者は賢くありません。だいじなことなのでもう一度。作者は賢くありません。バカです。 *小説家になろう・カクヨムでも公開しております。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

処理中です...