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本編
95.支配されて水が届く
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乾いた砂漠の国、地下資源はあるが掘り起こすにも人手が足りない。ほとんど雨が降らない場所で人が暮らすには、どうしたって水や塩、大地の恵みが必要だった。
ずっと貧しい暮らしを送ってきた。一部の王族は、税収でオアシスに暮らす。民は水がない砂漠の中、少しでもマシな場所を見つけて住み着く。しかし土地の豊かさがないため、移動を繰り返した。大切な財産である家畜を生かすには、定住は無理だ。
隣にある豊かな水と実りを求め、戦争を仕掛けたが負ける。もう終わりだと悲観する者が現れる中、支配国は思わぬ政策をとった。セレスタイン国へ水路を引くというのだ。もちろん建設の人手はセレスタインが担う。
自国へ水を引いてくれると言うなら、喜んで手伝おう。民はこぞって手伝いに名乗りを挙げた。石造りの材料は、大きな鉱山を持つスフェーン王国が供出する。代金も運搬も、支配国ムンティア王国が手配した。
砂漠の砂に橋脚を立て、水の通り道を作る。気が遠くなる作業だが、やりがいがあった。何より、働いている間は給与が支払われる。水も購入できるため、誰もがこの仕事に志願した。
ゆっくりと進む水路は、やがて一つの大きな人工池へ水を注ぐ予定だ。ムンティアの女王は、その池を民の所有とした。つまり、俺達がいつでも自由に使える。それを王族が妨げるときは、戦闘民族スマラグドスが受けて立つと。
ずっと貧しく、水を巡って争ってきた一族に、安住の地が出来る。水があれば草が生え、畑だって夢じゃない。家畜を太らせ、繁殖させ……いつか、女王陛下にお礼ができたら。丸々と太らせた家畜を捧げよう。
切り出した石を加工し、丁寧に積み重ねる。隙間を砂や土、粘土で埋めた。まだ数年掛かる事業だが、予定より早いとムンティアの文官が驚いていた。
視察に来たというので、砂漠特有の酸っぱい酒を飲ませたら、すぐに潰れる。二日酔いの薬も一緒に渡しておいた。かなり苦いので、朝までに酔いが覚めることを祈ろう。
大きな事故も起きず、水路はじわじわと伸びる。俺達の子孫は、水に困らず生きていけるはずだ。好きな時に、浴びるように水を飲んで。家畜と定住し、畑を作るのも……。夢は膨らんだ。
手元の石の表面を、手で撫でて凸凹を探す。平らに仕上げるため、石斧を振るった。体は疲れるし、暑い中での作業は大変だ。でも水を買う金も含めて、ムンティアは俺達を守ってくれる。搾取するより、与える道を選んだ。
俺達はそれに応えよう。立派な水路を作り、どうだと胸を張って女王陛下に誇りたい。他者から奪うのは簡単だが、後味が悪い上、王族に上前を掠め取られる。そんな盗賊まがいの生活はもうご免だった。
女王陛下の民として、こんな支配なら喜んで受ける。浴びるように水を飲み、半分残して持ち帰る。給料とは別に、毎日支給される水は家族に飲ませるつもりだ。きっと俺の帰りを待ち侘びている頃だな。
太陽が地平に沈むと、道具を片付け、石削りの現場から歩き出す。周囲も水袋を担いでいるが、誰も奪い合わなかった。理想の世界だ――セレスタインは生まれ変わる。子孫に誇れる国を作りたいと思いながら、水袋を揺らす。ちゃぷんと聞こえた音が、幸せの鐘のようだった。
ずっと貧しい暮らしを送ってきた。一部の王族は、税収でオアシスに暮らす。民は水がない砂漠の中、少しでもマシな場所を見つけて住み着く。しかし土地の豊かさがないため、移動を繰り返した。大切な財産である家畜を生かすには、定住は無理だ。
隣にある豊かな水と実りを求め、戦争を仕掛けたが負ける。もう終わりだと悲観する者が現れる中、支配国は思わぬ政策をとった。セレスタイン国へ水路を引くというのだ。もちろん建設の人手はセレスタインが担う。
自国へ水を引いてくれると言うなら、喜んで手伝おう。民はこぞって手伝いに名乗りを挙げた。石造りの材料は、大きな鉱山を持つスフェーン王国が供出する。代金も運搬も、支配国ムンティア王国が手配した。
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ゆっくりと進む水路は、やがて一つの大きな人工池へ水を注ぐ予定だ。ムンティアの女王は、その池を民の所有とした。つまり、俺達がいつでも自由に使える。それを王族が妨げるときは、戦闘民族スマラグドスが受けて立つと。
ずっと貧しく、水を巡って争ってきた一族に、安住の地が出来る。水があれば草が生え、畑だって夢じゃない。家畜を太らせ、繁殖させ……いつか、女王陛下にお礼ができたら。丸々と太らせた家畜を捧げよう。
切り出した石を加工し、丁寧に積み重ねる。隙間を砂や土、粘土で埋めた。まだ数年掛かる事業だが、予定より早いとムンティアの文官が驚いていた。
視察に来たというので、砂漠特有の酸っぱい酒を飲ませたら、すぐに潰れる。二日酔いの薬も一緒に渡しておいた。かなり苦いので、朝までに酔いが覚めることを祈ろう。
大きな事故も起きず、水路はじわじわと伸びる。俺達の子孫は、水に困らず生きていけるはずだ。好きな時に、浴びるように水を飲んで。家畜と定住し、畑を作るのも……。夢は膨らんだ。
手元の石の表面を、手で撫でて凸凹を探す。平らに仕上げるため、石斧を振るった。体は疲れるし、暑い中での作業は大変だ。でも水を買う金も含めて、ムンティアは俺達を守ってくれる。搾取するより、与える道を選んだ。
俺達はそれに応えよう。立派な水路を作り、どうだと胸を張って女王陛下に誇りたい。他者から奪うのは簡単だが、後味が悪い上、王族に上前を掠め取られる。そんな盗賊まがいの生活はもうご免だった。
女王陛下の民として、こんな支配なら喜んで受ける。浴びるように水を飲み、半分残して持ち帰る。給料とは別に、毎日支給される水は家族に飲ませるつもりだ。きっと俺の帰りを待ち侘びている頃だな。
太陽が地平に沈むと、道具を片付け、石削りの現場から歩き出す。周囲も水袋を担いでいるが、誰も奪い合わなかった。理想の世界だ――セレスタインは生まれ変わる。子孫に誇れる国を作りたいと思いながら、水袋を揺らす。ちゃぷんと聞こえた音が、幸せの鐘のようだった。
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