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第三章

131.世界の異物を砕け

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 緊張で研ぎ澄まされた感覚が、危険を察知する。オレを魔力の供給源として生かしたリリィだが、その訓練と教育は本物だった。皮肉にもこうして彼女を相手に戦えるのは、その訓練のお陰だ。

 足元に現れる剣先を封じる方法はいくつかある。地面を固める、宙に浮く、自身を強化する。どれも魔力を使うが……一番消費が激しいのは地面を硬化させる方法だった。

「大地よ、オレを守れ。侵略者を拒む盾となれ」

 大地とは親和性が高く、精霊への魔力譲渡に大地を指定する必要がないほどだった。そこをあえて名を呼び、強化する。大量の魔力を一気に放出し、消費した。魔力を得た分だけ、精霊はオレの命令に従う。氷より硬く、金属より強固な盾が完成した。労う意味で、さらに追加の魔力を注ぐ。

「……っ、あんた! まさか?」

「大仰な話し方は終わりか? こういうのを、日本じゃお里が知れるって言うんだよ」

 にやりと笑った。目の前で大量に魔力を消費するオレの意図に、ようやく気づいたらしい。悔しそうに顔を歪めた。オレの魔力は日本人の生命力だ。この世界で魔法として消費されれば、いずれはこの世界の一部として生まれ変われる。しかしリリィに消費された場合、その理は適用されなかった。

 彼女の一部となるのか、単に消えてしまうのか。魔王イヴリースにも判断が出来ない。ただ、この世界に還元されていないことは確かだった。循環しない魔力は、生まれ変われないのだ。

「全部使い切れば、あんたも死ぬんだよ!」

「構わないさ。5年前に死んでた命だぜ? お前に消費されて消えるくらいなら、使い切ってやるよ」

 心配そうに後ろから上着の裾を握るエイシェットの手を掴んだ。指を絡めて握り直し、視線を向けて微笑む。覚悟を決めたとばかりに、エイシェットは大きく頷いた。

「なんで、そんなっ!! この世界を手に入れるんだ。そしたら」

「無理だよ、お前は

「器だの才能だのっ、そんなもの壊してやるぅ!!」

 化けの皮が剥がれる、ってのはこういう場面で使うのか。美しかった顔は般若のごとく歪み、体は一気に大きくなった。大地を貫けない剣を放り出し、巨大なコブがある背中を丸めて唸る。牙は唇の外へ飛び出した。

 ゲーム慣れした日本人なら、オークのような化け物を思い浮かべるだろう。あの美女は借り物の姿だった。わかっていても、ちょっと残念だ。助けられた後、訓練中に抱き締められてドキドキしたときめきを返せ。声に出さず罵ったオレは、頭上に目を向ける。

 大きな砂時計をイメージして、絞られた中間部分を睨み付けた。それから目の前で怒り狂う美女だった化け物に肩を竦め、もう一度空へ視線を戻す。

「世界の異物を砕け、オレを通して荒れ狂え」

 対価はこの体に付帯するすべての魔力だ。風も大地も炎も水も、属性関係なく魔力を持っていくがいい。この世界の異物である女神を砕いて、あるべき姿へ正せ。

 繋いだ手をぎゅっと強く握られ、オレは空へ向けた目を彼女へ戻す。銀髪に緑の瞳、どこまでも可愛いオレの番――無邪気で子供みたいなドラゴン。

「大好きだよ、エイシェット」

 卑怯を承知で、そう口にした。
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