上 下
116 / 135
第三章

116.この手から奪われたもの

しおりを挟む
 治癒で回復した蝙蝠の鳴き声が聞こえる。打ち寄せる波の音に似て、近づいたり離れたりする気がした。全身が怠くて動かず、必死で足掻いた手足が泥に沈むみたいに重い。

「サクヤ、起きて」

 揺らすエイシェットの声にようやく瞼を押し上げた。それだけの作業にも痛みが走る。動きづらい手を当てた腹部の傷は塞がっていた。それでも痛む全身は、巡らせた魔力が足りないのか。治癒に使った分を補充しながら、ぎしぎしと痛む体を起こした。

「やられたぞ」

 ぼそっと呟くカインの声に、オレは言葉を失う。魔力感知に引っ掛かるはずの魔力がない。復活したばかりのヴラゴも、エルフの婆さんも……オレが間違うはずはなかった。彼らの反応がない。

「ヴラゴは? 婆さんは?」

「っ……落ち着いてくれ、サクヤ」

 アベルが唸り声を上げて制する。それからオレは現実を知った。横たわるエルフの婆さんに駆け寄り、青白い肌に触れる。血の気がない肌は、どこまでも冷たかった。硬くて弾力がない婆さんの顔は、それでも機嫌が悪そうで……叩いたら「何するんだい!」と怒鳴りながら起き上がりそうだった。

「ヴラゴ、は?」

「形がもう」

 蝙蝠達が集まって、涙をこぼす先に砂が積もっていた。近づいたオレに、彼らは場所を譲ってくれる。這うようにして距離を詰めたオレの手が触れたのは、砂ではなく灰だった。燃え尽きた白くさらさらとした灰が、手のひらに汗でべとりと付く。

「ヴラゴなの、か」

 死体の形を留めていない。前回は仮死状態だったから、体の形は崩れなかった。しかし今回は完全に死んでいた。灰に魔力を流しても、治癒を施しても、反応はない。当然だ、治癒は体が持つ回復力を魔力で補うものだった。活動停止した肉体を呼び戻す力はない。そんな都合のいい魔法があれば、魔王は死ななかっただろう。

 オレが倒されたのが先か、彼と彼女が殺されるのが早かったか。そんなことはどうでもいい。わかっていることは、手を下したのがリリィという現実――オレの保護者だった、魔王城を現在支配する主だ。

 すでに治癒が終わった腹が、ずきんと痛む気がした。魔力を浴びて治った痛みが、全身を駆け巡るようだ。怒りや憎しみが突き抜けると、こんなに熱いのか。ふふっ、おかしくなって笑った。驚いた顔をする蝙蝠や双子を前に、肩を震わせて笑う。だが見開いた両目は涙を溢れさせた。

 バルト国の人間を殺したら、終わるはずだった。召喚した魔術師達、裏切った賢者、王女、国王、仲間だった騎士や兵士……手のひらを返した国民も含め、彼らを殺したら終わる復讐だと思っていたのに。

 実際はどうだ? バルト国が召喚に使って日本を消滅させた事実は変わらずとも、その裏で手を引く女神の存在があった。友として受け入れてくれた魔王を殺し、新たな仲間を殺され、オレはまた弱者に逆戻りだ。鎖を引き摺って、ガラス片の上を歩いてた頃と何も変わってない。

 魔法が使えるからなんだ? 魔力量が人間で一番多いからどうした? オレが持つ魔力のすべては、日本人の生命力だ。この世界に還元するしかなくて消費する、オレはただの道具だった。それでも立ち上がろうとしたのに、世界はどこまでオレを――苦しめたら気が済む?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

指輪一つで買われた結婚。~問答無用で溺愛されてるが、身に覚えが無さすぎて怖い~

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約破棄をされて実家であるオリファント子爵邸に出戻った令嬢、シャロン。シャロンはオリファント子爵家のお荷物だと言われ屋敷で使用人として働かされていた。  朝から晩まで家事に追われる日々、薪一つ碌に買えない労働環境の中、耐え忍ぶように日々を過ごしていた。  しかしある時、転機が訪れる。屋敷を訪問した謎の男がシャロンを娶りたいと言い出して指輪一つでシャロンは売り払われるようにしてオリファント子爵邸を出た。  向かった先は婚約破棄をされて去ることになった王都で……彼はクロフォード公爵だと名乗ったのだった。  終盤に差し掛かってきたのでラストスパート頑張ります。ぜひ最後まで付き合ってくださるとうれしいです。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

愛がなければ生きていけない

ニノ
BL
 巻き込まれて異世界に召喚された僕には、この世界のどこにも居場所がなかった。  唯一手を差しのべてくれた優しい人にすら今では他に愛する人がいる。  何故、元の世界に帰るチャンスをふいにしてしまったんだろう……今ではそのことをとても後悔している。 ※ムーンライトさんでも投稿しています。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

妹に裏切られて稀代の悪女にされてしまったので、聖女ですけれどこの国から逃げます

辺野夏子
恋愛
聖女アリアが50年に及ぶ世界樹の封印から目覚めると、自分を裏切った妹・シェミナが国の実権を握り聖女としてふるまっており、「アリアこそが聖女シェミナを襲い、自ら封印された愚かな女である」という正反対の内容が真実とされていた。聖女の力を狙うシェミナと親族によって王子の婚約者にしたてあげられ、さらに搾取されようとするアリアはかつての恋人・エディアスの息子だと名乗る神官アルフォンスの助けを得て、腐敗した国からの脱出を試みる。 姉妹格差によりすべてを奪われて時の流れに置き去りにされた主人公が、新しい人生をやり直しておさまるところにおさまる話です。 「小説家になろう」では完結しています。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

迅英の後悔ルート

いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。 この話だけでは多分よく分からないと思います。

処理中です...