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第三章

115.死ぬ人はみんな、そう言う

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 暖かな光が周囲を満たす。じわじわと広がる魔力が一定の場所で止まった。その先に治癒対象がいないのか? そう思って確認のために目を開いたオレは、腹に走った激痛に倒れ込んだ。足下の数匹の死体が下敷きになり、大した痛みは感じない。

 違う。腹の痛みにすべての痛覚を持っていかれたんだ。打ちつけた手足や肩も痛いはずだが、それ以上の激痛に丸まった。腹を押さえる手がぬるりと滑る。銀の剣の先が腹を破っていた。身を捩って抜きながら落ちる。

「くそっ……」

 バリアだ、誰も触れるな。オレの魔力をくれてやる。誰も触れない結界を作れ。魔力を流して治癒しながら、己を守る結界膜を張った。肩で息をしながら見上げた先に、剣を握った細身の美女が立っている。目を見開いたオレの唇が、震えながら名を紡ぐ。

「りり、ぃ」

「ええ、そうよ。全くもう……最後にあなたの絶望する顔を見ながら殺すつもりだったのにね。あの蝙蝠とエルフが邪魔をするから、こんなに早い段階で出てくる羽目になっちゃったわ」

 くすくす笑う彼女はいつもと変わらない。美しく整った顔、丁寧に削った爪、細い腰と豊満な胸や尻、どこか人を食ったような微笑み。間違いなくオレの知るリリィだった。幻覚や間違いではない。

「今日はここまで。わかってると思うけど……魔王城はよ?」

 からんと剣を捨てて、彼女の姿がぼやけていく。幻のように消えるリリィは、最後に小さな白い石を落とした。硬い音をさせて落下した石を咄嗟に掴み、激痛に耐える。動いた分だけ出血し、痛みが増大した。

 集中しなくては……気持ちを落ち着けて何度も深呼吸し、治癒を施す。まずはオレが動けるように、それから治癒の途中だった蝙蝠へ範囲を広げた。失う魔力を常に補充するイメージを作り、砂時計の絞られた部分を開いた形を想像する。大量に流れ込む魔力を外へ放出しながらバランスを取った。

 まだ痛みが消えない。上半身を起こして座ったオレの腹は、まだ血が止まらなかった。とっくに治るはずの傷は、いつまでも痛みを生み出す。膿んだ傷がジクジクと呼吸で痛むような感覚と、止まらない血にくらりと倒れる。

「サクヤっ! だから、嫌って」

 嫌だって言ったのに! 泣きながら駆け寄ったエイシェットが、オレを抱き止める。頭を打つ前に受け止めてくれて助かった。ぼんやりした視界で、彼女が泣いている。乱暴に目元を擦り、ぐずぐずと鼻を啜りながら、オレを心配そうに覗き込んだ。

 自然と口元が緩む。貧血のせいで冷たい手を伸ばし、エイシェットの頬に触れた。温かい。

「大丈夫、死なねえよ」

「嘘だ! 死ぬ人はみんな、そう言う」

 大切な存在を失い続けた彼女の切実な訴えに、オレは反論できなかった。死ぬ気はないし、絶対に復讐する。彼女のために生きる気もあった。だけど……心のどこかで死んでも仕方ない。そう思わなかっったか?

 己の弱さに気づき、拳を握った。エイシェットは敏感だ。野生の本能で、オレの声や仕草に潜む影を見つけた。感謝しながら、拳を解いてエイシェットの銀髪を指に絡める。

「双子は?」

「見つけた」

「少しだけ休みたいんだが、抱いててくれるか?」

 目を見開いたエイシェットが、ゆっくり頷く。ぎゅっと抱き締められて、痛いくらいの抱擁に安心した。彼女が捕まえている間は、死んでも連れ戻されるだろうから……きっちり掴んでいて欲しかった。
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