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第三章

110.不信感はいつからか

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 エルフの婆さんが不信感や違和感をもったのは、リリィが魔王城に乗り込んできた時だという。かなり初期の段階だ。ずたぼろの元勇者を連れた彼女に、距離を置いて接したのはそのせいだった。観察するうちに婆さんは、リリィ以外に対する警戒心を解いたらしい。

「そこは最後まで不信感もつの、オレ相手じゃないか?」

 人間で元勇者で魔王を倒した敵だ。口を挟んだオレに、婆さんはけろりと言い放った。

「お前のどこに嘘つける要素があるんだい。あたしを騙せるほどの賢さがあれば、人間に利用なんてされないさ」

 それを言われると辛い。実際利用されて、世界の創造主であった魔王と対峙した立場としては、反論の余地がなかった。婆さんは肩を竦めてまた話し出す。

「イヴは孤児だが、あの子の両親をあたしは知ってたよ。フェンリルの双子は有名だったからね。生まれた時から魔王の足元で遊ぶあんたらを知らない魔族の方が少ない。そんな子ども達を連れてきたから、リリィに不信感を持ったんだ」

 顔見知りが多い孤児を手懐けて乗り込んできた、婆さんはそう受け取った。それは長く生きた故の用心深さか、ただの猜疑心か。リリィよりオレに反発した姿を見せながら、彼女を観察し続ける。それは婆さんの孤独な戦いだった。

 リリィに懐柔されていく周囲を窘めることもせず、ただ事実を見極めるために息を殺して潜む。その勇気と覚悟は、素直に凄いと思った。やがて違和感を覚えて距離を置き始めたのが、アベルとカインだ。野生の本能だろうか、リリィの言動に小さな矛盾を感じるようになった。

「矛盾ねぇ……」

 オレは気づかなかったけど。肩を竦めれば、近くにいたアベルが顔を舐めながら唸った。

「サクヤは単純だからね。僕らと一緒で裏表があまりない。だから居心地がいいんだよ」

 そう言われたら、確かに単純かも知れない。日本人だったから多少知識があって、腹黒い面もあるけど……王侯貴族と比べたら正直者に分類されるな。魔族がオレを受け入れてくれたから、出来るだけ隠し事はしないように努めた。居場所のないオレに、ここにいていいと言ってくれたのは魔族だけだ。

「イヴはどうなんだ?」

「……あの子は無理」

 カインは小声で呟いた。リリィに心酔しており、完全に向こう側だと言い切る。それとなく話をしたのだろう。魔王の名を貰った子は、イヴリース自身が説得しないと聞かないかも知れない。そう締めくくられた話に、オレは肩を竦めた。

 どんなに救いたくても取りこぼしは出る。それはこの世界に来て身に染みて理解させられた。だから手の届かない果実を嘆く無駄をよく知っている。身を切られ心をすり減らす痛みを伴ったとしても、決断は揺るがない。

「イヴリースの痛みを引き受ける方法を、教えてくれ」
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