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第三章

98.囚われし同族の叫びを聞け

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 バルト国の上空をドラゴンが舞う。優雅な散歩ではなく、敵対の意志を明確に示した。攻撃してもいいか問うエイシェットに頷き、もう少し上昇するよう告げる。エイシェットの腹や翼を魔力膜で覆ってから、合図を出した。

 大きく吸い込んだ息を炎のブレスに変えて、エイシェットが吐き出す。その反対側からドラゴンの声がした。一瞬迷ったエイシェットが慌てて上昇する。今の声はオレにも届いた。苦痛の響きだ。

 ぐるりと回り込んで様子を窺う彼女の背で、オレは魔力感知で居場所を探る。ほぼ真下、場所は合っているのに下は湖だった。旱魃対策用で常に水を湛える、人工湖のひとつだ。

 ぐるるぅ、エイシェットが呼び掛ける。すると、やはり真下からぐぁああ! と声が返った。エイシェットの首筋を叩き、一度撤退を指示する。だが彼女は同族の苦鳴に混乱し、助け出すため突進したいと鳴く。気持ちはわかるが、明らかに罠だった。

「エイシェット、地上から行く。確実に一度で助けないと、あのドラゴンが殺されるぞ」

 彼女自身の危険を説いても、エイシェットは止まらない。それこそがドラゴンがドラゴンたる所以でもあった。敵の戦力を無視して好き勝手に振る舞えるだけの、圧倒的な力がある。だから単純な策に翻弄される。

 勇者としてオレが魔王城に攻め込んだ際、ドラゴンが動かなかったのもこの性質を利用された。別働隊が卵を人質にしてドラゴン達を誘き寄せたのだ。あの時の卵はドラゴンに回収されたが、孵らなかったらしい。後で話を聞いて、後悔した。

 あの時のように、エイシェットを傷つけられてから後悔するのは嫌だ。捕らえられたドラゴンを解放するには、人化した彼女と忍び込む方が確実だった。上空から攻撃された時のために、湖の下にドラゴンを閉じ込めたのだろう。あれだけの水を蒸発させるのは、消耗する。

 説得されたエイシェットは、近くにあった別の建物にブレスを放ち、王城の塔を尻尾で叩き壊した。渋々ながら森の方へ飛んで帰る。途中で飛び降りたオレを追って、彼女は人化した。慣れた様子でワンピースを羽織り、頬を膨らませて飛びつく。

「あんなの、壊せた!」

「わかってる。エイシェットが弱いと思ったことはない。だが捕まったドラゴンに危害が加えられたら……可哀想だろ」

 小さく頷く彼女の手を取って、転移を使う。人工湖の先にある王城の林を指定した。計画的に木々を植えて森を模した林の中は、人目に付きにくい。過去に王女と散歩した小道を思い浮かべ、エイシェットを抱きしめた。両足が大地についた瞬間、ドラゴンの唸り声が聞こえる。

「痛がってる」

「ああ、早く助けよう」

 ぐぁあ、ぐぅ……助けてくれとは言わずに痛みの声を上げる響きは、魔力を帯びていた。だが意味のある言葉になっていない。唸り声で会話するエイシェットも、怪訝そうな顔をした。

「変、この声知らない」

 同族と暮らしていたエイシェットは、一番若いドラゴンだ。残るドラゴンはすべて年上で、最年少の彼女を可愛がってくれた。知らない同族などいない。罠である確率が高まった。

 わずかに振動する大地の下に、ドラゴンがいるのは間違いない。強大な魔力の形を確認しながら、オレはエイシェットに釘を刺した。

「人間は狡猾だ。オレの指示がなければ動かないと、約束できるか?」

 目を見開いたエイシェットは、迷いに口籠った。
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