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第一章

46.今夜は震えて眠るといいさ

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 最後の町が蹂躙されてく。逃げ込んだ近隣の農民や商人が王都の門を叩いた。わかってるさ、どうせ見捨てるんだろう? 助けるために開いた門を使って侵入を果たすほど、落ちぶれた作戦は立てない。ただ見殺しにした事実だけあれば十分だった。

 ゾンビにして戦力にする必要もないので、片っ端から処分させた。噛み付く魔狼、爪と腕力で叩き潰す魔熊、角を使って突き殺す魔獣……子どもも女も関係ない。オレが死にかけた時、石を投げたのは子どもだった。汚い臭いと罵って嘲笑ったのは女達だ。

 助けを求める連中を見捨てる権利は、オレにある。隣に立つエイシェットが尻尾を揺らし、近寄る兵士を叩き潰した。蝿を払うような無造作な動きで、彼女はぐるると喉を鳴らす。空に行こうと誘うのは、オレが傷つく心配をしてるらしい。そんなまともな感性、とっくに無くしたって言ったのに。まだ信じてなかったのか。

「いいぜ、まだ時間も早いし……王都をビビらせてやるか」

 襲うのは明日の予定だが、王都を守る膜を消すのは今日でも構わないだろう。今夜壊した方が効果的かもな。背に乗って舞い上がる彼女に攻撃を仕掛ける愚か者を、大地の中に飲み込んだ。土が盛り上がり、矢を射掛けようとした男を潰して口を閉じる。

 結界もどきが万全に作動すると信じる魔術師達の誇らしげな顔を拝みながら、オレはパチンと指を鳴らした。先日仕掛けた術が作動する。王都を回るエイシェットの魔力にオレの魔力を乗せ、仕掛けに叩きつけた。夕暮れの赤い日差しに照らされた東の塀が、まるで血を浴びたように輝いた。

 壁に刻んだ魔法陣に似た記号は、古代文字のひとつらしい。無効を意味する文字が、オレ達の魔力で効力を発する。リリィからの入れ知恵だった。彼女は「餞別よ」と言っていたが。

 最後のひとつが光った途端、結界もどきの膜が消えた。慌てた魔術師が魔力を流すが、魔石はまったく反応しない。

「こりゃ面白い」

 ぐるりと一周したエイシェットが、王都の上空に飛び込んだ。万が一もう一度結界もどきを張れたとしても、エイシェットなら単独でも破れる。高揚した様子で鳴きながら、ドラゴンはその圧倒的な存在を王城に見せつけた。

 地上は灯りが溢れ、騒ぐ声が聞こえる。まるで祭りの夜みたいだな。明日は楽しい祭りがあるから、間違ってはいないか。連中も楽しめるかどうかは保証できないけどな。にやりと笑ってエイシェットの首筋を撫でる。上空の冷たい風が吹き付けるため、エイシェットの体温がとても心地よかった。

 応援を呼んだのか、魔力の膜が張り直されていく。それを内側から突き破って破壊し、銀竜は高らかに勝利の声を上げた。最後にぴしっと尻尾で塀の一部を崩し、エイシェットは夜闇に包まれた森の中に消える。慣れた様子で木々の隙間に降りた彼女の鼻先を抱擁し、戻ってきた魔獣や魔物に被害がなかったか確認する。

 魔物のコボルトにケガがあると聞き、急いで駆け寄った。槍だろうか。鋭い突きで傷ついた腹は、荒い呼吸で揺れていた。2本足で歩く犬のような外見の彼はちらりと目を開け、くぅんと鼻を鳴らす。頑張ったのだと主張され、頷いて傷口に手をかざした。

「誰か、治癒の得意な奴……手伝ってくれ」

 魔法での治癒は、一種の属性で扱えない種族もいる。顔を見合わせた彼らは、大急ぎで森の奥にいたフェンリルを呼び寄せた。集合地点であるこの場所まで戻っていない魔族を警護していた双子は、役割を分担する。全力で駆け戻ったカインがオレの補佐に入った。

「治癒する。魔力はあるから増幅を頼む」

 治癒の属性はさほど強くない。ここまで出血していると完全に治せるか自信がなかった。だから血の溢れる傷口を手で押さえ、フェンリルの治癒力を借りるのだ。鼻先を近づけたカインが淡く光った。オレの治癒を増幅して、そこに大量の魔力を注ぐ。じわじわと傷が塞がり、血が逆流するように消えた。

 大喜びするコボルトに顔を舐められながら、オレは安堵の息を吐く。魔族側に被害者を出すのは嫌だ……オレの新しい仲間なんだから。人間がいくら死んでも気にならないが、魔族の死を見るのは怖かった。
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