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第一章

44.壊したのは人間の自業自得だ

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 周辺の村を蹂躙する作戦に切り替えたオレは、フェンリルの背に跨っていた。先を走るカインが吠える。その声に呼応して魔獣や魔物が村を襲った。逃げ回る人々を獣が追う。

「た、助けて……この子だけでもっ!」

 必死で懇願する母親は、幼い我が子に頬ずりしてから差し出した。受け取らずにいると、そっとアベルの前に置く。それから上に己の身をかぶせた。自分は食われても、その代償で我が子を助けろと言いたいのだろう。どの世界でも母親は献身的だ。

「なあ、あんた」

 声を掛けると、驚いた顔をしながらも平伏した。アベルの背から降りないまま、オレは首をかしげる。本当に心底不思議だった。

「なんでオレが助けると思ったんだ?」

「に、人間がおられたので」

 中途半端に敬語を混ぜてくるのは、農民や町の住民の特徴だった。周囲で食い荒らされていく人間の悲鳴におびえながらも、必死の形相だ。近くで人間に似た形状のゴブリンみたいな魔物が、アベルの前に置かれた幼子に目を輝かせた。

「ふーん、助ける気はないよ。オレは魔族だし。そもそも王侯貴族の失政の所為だからね」

 幼子は眠っているのか、やせ細った手足は健康状態がいいとは言えない。母親も似たり寄ったりだった。だが、極限まで飢えたオレは知ってる。この程度なら人間は死なない。まだ十分余力があるのだ。本当に飢えて体力が限界に近づくと、眠ることも出来なくなるんだよ。気を失うことはあるけど。

「私達は農民で、だから……」

「関係ない、助けてくれ? オレが一杯の水を請うたとき、鼻で笑ってあしらったのはこの村だったぞ」

 驚いた顔をする女性が「まさか」とか「そんな」と唇を震わせるのを無視し、魔物を呼び寄せた。興奮状態の魔物はアベルを警戒しながらも、足元から幼子を攫おうとする。食い止めようと母親が身を投げ出した。途端に大喜びで仲間を呼んで、引きずっていった。もちろん、幼子も含めて。

「いいのか?」

「アベルって優しいよな。オレよりよほど感情が豊かだと思う」

 わしゃわしゃと首周りの毛を撫でて抱き着いた。オレは壊れているんだよ、きっと。人間が助命嘆願しても、赤子だから無実だと言われても分からない。アベルやカインはオレが傷つくと思って、後悔する決断はするなと言ってくれた。だが、後悔以前に「殺して何が悪い」程度の感想しかない。

 同族という意識を人間に感じないし、目の前で悲鳴を上げて死んでも止めようと思わなかった。以前の記憶は残っているから、残虐な行為に何も感じないオレがおかしいのだと判断は出来る。それでも共感はなかった。

 どうせ死ぬなら、反省し後悔しながら派手に内臓ぶちまければいい。罪のない魔族から生きたまま魔石を抜くような種族だ。更生の余地なんてないだろ。

 日本にいた時も疑問に思ったことがある。快楽殺人をする奴に恩赦を求める奴は……自分や己の家族を殺されないと分からないのか。大切な人を奪われて泣く遺族に、死刑を望めばあんたも人殺しだって囁く連中がいる。いいじゃないか。仇くらい討たせてやれよ、いつもそう思ってきた。

 異端さを自覚していたオレが異世界に来て、持っていた倫理観を完全に壊された。こうなるのは当然だし、そう仕向けたのは勇者に祀り上げて利用し捨てた連中だ。人間の自業自得なんだから、仕方ないよな。

 見回した村は蹂躙され尽くし、生き残った人間はごく僅かだ。退くよう指示し、動ける数人以外にトドメを差した。歩ける奴らを村から放り出し、魔物に手出し無用を告げる。あの連中には次の村に恐怖を伝えてもらう仕事がある。まだ殺されちゃ困るんだよ。見送って、戻ってきたカインに抱き着く。

「ああ、折角綺麗な毛皮なのに汚れたな。川で洗おうぜ」
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