上 下
34 / 135
第一章

34.オレの悪い癖だ

しおりを挟む
 人の足で歩けば3日ほどの距離だが、エイシェットの背に乗れば僅か数十分だ。先に攻撃した村を焼き払ったので、派手な煙は確認できていたらしい。それに加え、銀鱗のドラゴンが一直線に飛んで来る。村の連中が、魔族の攻撃と判断するのは当然だった。

「魔族めっ!」

「お褒めに預かり恐縮だね」

 罵り言葉が心地よい。オレをちゃんと魔族認定してくれたってことだろ? 人間のくせにと言われるより気分がいいぜ。エイシェットの背から滑り落ち、足元に風を起こして着地する。たったこれだけの魔法で、完全に人外扱いだった。

 うわぁああ! 雄たけびを上げて振り翳された剣を、リリィの新作で弾く。この剣にも、何かカッコいい名前を考えてやらないといけないな。青みがかった銀の……うーん。悩みながら男の首を刎ねる。人間はこれが一番早く機能停止する。噴き出す血の量は多いが、魔獣の餌にするなら血抜きも必要だし。

 人殺しに関する禁忌なんて、感じない。殺されかけて救われたあの日、死にたくないと思った。次に人間を見たときは、もう感傷も同族意識もなかった。ある意味、壊れたんだろう。倫理観や殺人への禁忌、帰れないことへの諦めもついた。戻れないなら、この世界で生きて死ぬしかないんだから。

 身近な親兄弟、友人がいない場所へ放り出されて戦い、彼らはすでにオレの召喚で失われた。そう聞いたら、人間への感情なんて粉々になる。目の前にいる人間を殺しても、害虫を踏み潰した程度の感覚しかなかった。

「くそっ、逃げろ」

「散らばれ」

「魔石を……」

 口々に叫びながら右往左往する連中に、オレは広範囲への足止めを行う。

「獲物を閉じ込めろ」

 魔石を持ち逃げさせる気はない。先ほどの村で回収した分もそうだが、元は魔族の臓器なのだ。魔力の電池扱いされるのは腹立たしかった。使い捨ての消耗品として使うなんざ、100年早いっての。一番距離が近かった男の胸を貫く。深く刺さった剣は、さすがの切れ味だった。

 呻く男の筋肉が剣を挟むが、それすら裂いて抜ける。オレが足を掛けて男を蹴り飛ばすより早く、重力で倒れる男の傷はさらに大きく切り裂かれた。収縮する肉でも斬れる剣は砕かず骨も斬る。使い勝手のいい剣を振り回し、手あたり次第に斬った。

 さすがに女はいない。子どもも見かけなかった。この時点で、村はすでに農民を排除した後なのだろう。開拓したいなら自分達でやればいいものを、他者の手を借りて楽をする考え方は貴族に似ている。唾棄すべき人間の風習だった。

 農民が育てる作物がなければ飢え死にするくせに、底辺民と見做して搾取する。まあ、どっちにしろオレ達の敵だから同情もない。真っ赤に返り血を浴びることがないのも、よく斬れる剣の利点だった。斬った後、少し遅れて血が噴き出すのだ。その間に別の敵に飛びかかるオレに、赤い血がかかることはなかった。

「よしっ! 後は魔石の回収か」

 囚われた魔族や魔獣の気配もない。注意深く探ってから、残党狩りをしながら魔石を収納した。赤、青、白……どれもひとつの命だったのに。助けられなかったことを詫び、遅れたことを謝った。最後の魔石を収納したオレは、油断していたのだろう。

「お父ちゃんの仇っ!」

 甲高い声と同時に、太腿に激痛が走る。どこに隠れていたのか、幼いと表現できる子どもが陶器の破片を握り締めていた。オレに突き刺した勢いで手が切れ、真っ赤に染まる。その痛みも興奮で感じていない子どもは、無造作に破片を抜いた。もう一度と振り被る姿に、溜め息をつく。

「オレの悪い癖だ」

 何度もリリィに指摘されたってのにな。また失敗した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

魔王を倒した勇者

大和煮の甘辛炒め
ファンタジー
かつて世界に平和をもたらしたアスフェン・ヴェスレイ。 現在の彼は生まれ故郷の『オーディナリー』で個性的な人物達となんやかんやで暮らしている。 そんな彼の生活はだんだん現役時代に戻っていき、魔王を復活させようと企む魔王軍の残党や新興勢力との戦いに身を投じていく。 これは彼がいつもどうりの生活を取り戻すための物語。 ⭐⭐⭐は場面転換です。 この作品は小説家になろうにも掲載しています

東の最果て *ファンタジアØ*

青桜さら
ファンタジー
遠い昔のお話。 はじまりの詩(うた)。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。

克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。

処理中です...