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第一章
32.お前、生きているのか?
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左からの突きを避け、その足捌きを利用して移動する。後ろの男の腕を斬り落とし、呻く男を突き飛ばした。転がる右腕についた剣を、剣先で跳ね上げる。左手で受け止め、両手に構えた。
じりじりと包囲網を狭めてくるのは、同時に攻撃するつもりだろう。事前の打ち合わせなく熟せるなら、普段から一対多数の戦いに慣れている証拠だ。つまり、真っ当な騎士や兵士じゃない。騎士は一対一に拘るし、兵士は一対三の戦いを叩き込まれていた。どちらとも違う。
距離が詰まったところで、左側の男が剣を振り被った。右から槍の突きが来る。まだ動いていない彼らの数秒先が見える気がした。あれだ、遅い動きをスローモーションで見る感覚。とんでもないスピードで攻撃してくるイヴや双子のフェンリルと戦い慣れたオレは、欠伸しそうな動きを身軽に避けた。
右側の男が踏み込んで突いた槍の先が、胸に刺さる。左の奴が振り下ろした剣が肩から胸まで叩き切った。それを鼻先で見物し、オレは後ろに剣を突き立てる。同士討ちになった左右の男達が崩れ落ちるのを横目に、刺した剣を抜いた。
残るは正面の1人だけ。ずっと睨みつけて牽制した男は、自分だけ残ったと気づいた途端に踵を返した。燃える馬車から逃げた馬を拾い、裸の背に乗る。
「そっちはやめといたほうが」
思わず忠告めいた言葉が溢れた。ばさりと音を立てた羽に続き、鋭い爪が襲いかかる。裸馬の背に乗った男の肩を掴み、そのまま爪を食い込ませた。暴れる男の剣がエイシェットの鱗に当たるが、この程度の攻撃が通用するドラゴンはいない。
上空へ舞い上がる銀鱗の美人を見送り、落ちてくるゴミを無視して馬車の火を消した。エイシェットが馬車の幌に火をつけてくれたお陰で、魔石は持ち出されていない。熱せられた魔石に冷気を当ててから、ひとつずつ手に取った。
ひとつが一人の命だった。まとめて転がすような失礼は出来ない。生命ではないので、収納へ入れさせてもらう。
「間に合わなくて、ごめんな」
謝りながら、ひとつずつ左手の手首にある刺青を通して収納した。すべてを入れ終えたところで、生き残りを見つける。
「お前……生きて?」
荒い呼吸を繰り返す狐は、腹に大きな傷を負っていた。慌てて駆け寄り、唸り声をあげる彼女に話しかける。ぐるる……喉を鳴らして危険はないと告げると、ほっとした様子で地面に倒れた。ギリギリで受け止め、体に残る大きな切り傷を癒やすため魔力を流す。
腹を裂かれた魔獣……もしかして? 途中で気づいて治癒の手を止めた。
「魔石を抜かれたか?」
魔族の言葉に反応し、小さく鼻を鳴らす。その返答に慌てて、収納した魔石を取り出した。大きさと魔力量から判断するしかない。種族により色が違うなどの特色があればいいが、そういった外見上の区別はなかった。あたふたしながら並べた魔石を見つめる狐が、きゅーんと鼻を鳴らす。一度置いた魔石を拾い直した。
「これか」
まだ完全に塞がっていない体内に魔石を押し込む。痛むのは承知で奥まで入れた。痛みに体を震わせる狐の血に塗れながら、オレは必死で再び治癒を施す。オレの魔力を対価とする治癒なら、狐の体力や魔力は奪われない。ようやく傷が塞がり、狐は強張っていた体の力を抜いた。
よかった……ほっとしたオレの後ろで、エイシェットの鳴き声が聞こえる。危ない、避けて! 狐を抱いたまま、警告に従ったオレは前方へダイブした。
じりじりと包囲網を狭めてくるのは、同時に攻撃するつもりだろう。事前の打ち合わせなく熟せるなら、普段から一対多数の戦いに慣れている証拠だ。つまり、真っ当な騎士や兵士じゃない。騎士は一対一に拘るし、兵士は一対三の戦いを叩き込まれていた。どちらとも違う。
距離が詰まったところで、左側の男が剣を振り被った。右から槍の突きが来る。まだ動いていない彼らの数秒先が見える気がした。あれだ、遅い動きをスローモーションで見る感覚。とんでもないスピードで攻撃してくるイヴや双子のフェンリルと戦い慣れたオレは、欠伸しそうな動きを身軽に避けた。
右側の男が踏み込んで突いた槍の先が、胸に刺さる。左の奴が振り下ろした剣が肩から胸まで叩き切った。それを鼻先で見物し、オレは後ろに剣を突き立てる。同士討ちになった左右の男達が崩れ落ちるのを横目に、刺した剣を抜いた。
残るは正面の1人だけ。ずっと睨みつけて牽制した男は、自分だけ残ったと気づいた途端に踵を返した。燃える馬車から逃げた馬を拾い、裸の背に乗る。
「そっちはやめといたほうが」
思わず忠告めいた言葉が溢れた。ばさりと音を立てた羽に続き、鋭い爪が襲いかかる。裸馬の背に乗った男の肩を掴み、そのまま爪を食い込ませた。暴れる男の剣がエイシェットの鱗に当たるが、この程度の攻撃が通用するドラゴンはいない。
上空へ舞い上がる銀鱗の美人を見送り、落ちてくるゴミを無視して馬車の火を消した。エイシェットが馬車の幌に火をつけてくれたお陰で、魔石は持ち出されていない。熱せられた魔石に冷気を当ててから、ひとつずつ手に取った。
ひとつが一人の命だった。まとめて転がすような失礼は出来ない。生命ではないので、収納へ入れさせてもらう。
「間に合わなくて、ごめんな」
謝りながら、ひとつずつ左手の手首にある刺青を通して収納した。すべてを入れ終えたところで、生き残りを見つける。
「お前……生きて?」
荒い呼吸を繰り返す狐は、腹に大きな傷を負っていた。慌てて駆け寄り、唸り声をあげる彼女に話しかける。ぐるる……喉を鳴らして危険はないと告げると、ほっとした様子で地面に倒れた。ギリギリで受け止め、体に残る大きな切り傷を癒やすため魔力を流す。
腹を裂かれた魔獣……もしかして? 途中で気づいて治癒の手を止めた。
「魔石を抜かれたか?」
魔族の言葉に反応し、小さく鼻を鳴らす。その返答に慌てて、収納した魔石を取り出した。大きさと魔力量から判断するしかない。種族により色が違うなどの特色があればいいが、そういった外見上の区別はなかった。あたふたしながら並べた魔石を見つめる狐が、きゅーんと鼻を鳴らす。一度置いた魔石を拾い直した。
「これか」
まだ完全に塞がっていない体内に魔石を押し込む。痛むのは承知で奥まで入れた。痛みに体を震わせる狐の血に塗れながら、オレは必死で再び治癒を施す。オレの魔力を対価とする治癒なら、狐の体力や魔力は奪われない。ようやく傷が塞がり、狐は強張っていた体の力を抜いた。
よかった……ほっとしたオレの後ろで、エイシェットの鳴き声が聞こえる。危ない、避けて! 狐を抱いたまま、警告に従ったオレは前方へダイブした。
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