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序章

9.帰れる場所がないなら

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「力ならあるの、サクヤは気づいていないだけよ」

 断言したリリィはお菓子を差し出した。意味がわからず首を傾げるオレに食べなさいと促す。

「これに回復系の食材を使ったの。食べられるだけ口になさい。そうしたら治療してあげられるわ」

 痛む体が楽になると言われ、メレンゲに似た菓子を口に押し込んだ。ほんのり甘い。噛み締めるとほろりと砕けた。

 この世界にある治療は魔術、治癒は魔法として存在する。治癒魔法は魔力を対価とするので、治癒を発動する側の魔力が消費される。しかし人間が使う治療魔術は、対象者の体力が対価だった。体力がない者を治療すると、傷が消えても死んでしまうのだ。

 体力がないから治療出来ないと言われれば、リリィが使うのは魔術だと判断できた。

「食べながら聞きなさい。魔王を倒せるのが異世界人だけ、それは事実よ。召喚したのもそれが理由、でも最初からあなたを帰す気はなかった。だって……んだもの」

 意味が分からず首を傾げる。だがすぐに思い当たった。先ほど、オレの召喚に親しい人間を使ったと聞いたから……戻った日本で、オレの知り合いが生きていない可能性を口にしたのだ。唇を噛み締め、現実を受け止める。

「辛くても理解しなさいね。あなたは理不尽に奪われたのよ」

 無言で頷く。皿の上の菓子を口に頬張って、ただ噛み締めた。滲みそうな涙を必死で堪える。奪われ、騙され、殺されかけた。この世界でオレは異端だ。

「リリィは、どうして」

「サクヤを助けたか? でしょ。簡単よ、私はこの世界が嫌いなの。あなたと大差ないわ。裏切られ、奪われ、捨てられた……復讐するなら手は多い方がいい。いろんな知恵と力が使えるもの」

 微笑んだ彼女の顔は美しくて、ぞっとする怖さを孕んでいた。同じ……か。

「オレは帰れるのか?」

 復讐が終われば、オレは日本に戻る方法があるか。この問いが全てだった。頬張ったため、菓子は皿に残っていない。リリィの指がオレの手を握った。じわりと熱を感じる。魔法陣が光り、オレの肌にいくつも浮かび上がった。気持ち悪いほど肌を彩る赤、黒、暗い黄色、青ざめた緑の痣が消えていく。瘡蓋が取れて、傷は治っていた。

 治療を終えたリリィは、オレの目を正面から見つめて断言する。

「無理よ。あちらの世界との接点が消えてしまった」

 接点とは親や友人のことか。オレを知る人がいない日本は、オレを引き戻す力が無いのだろう。ぐじぐじと悩んで残していた未練が吹っ切れた。

 もういい。

 自暴自棄とも違う、妙な感覚が広がった。諦観と呼ぶのが近い。戻れないなら、そのために足掻く必要はない。この世界で朽ちるしかないなら、息を引き取る瞬間までオレや魔族を案じた友人の復讐でもしようか。

 滅びかけた世界を壊して、召喚したことを後悔させてやる。オレの家族や友人を犠牲にした連中を全員殺すまで……。

 傷が消えた手で拳を握る。爪が食い込んだ皮膚が、ずきんと新たな痛みを生んだ。黙って待つリリィに答えようとしたオレは、屋敷に入り込んだ人間に気づく。この屋敷には魔族がいる。追われるオレも。

「魔族だ! 罪人を出せ! 殺せ!!」

「ここにいるのは分かってるんだ。火をつけろ」

 物騒な叫び声。

「やめろ」

「姫様、逃げて!」

 人間に抵抗する双子の声が響いた。扉を壊す音で、オレは武器を探す。壁に飾られた剣を引き抜き、怠い腕にしっかりと握った。

 この屋敷にいるのは恩人だ。もう何も奪わせない。オレは……何も失いたくなかったんだ!! 感情が爆発した。
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