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52.嘘よ、こんなの知らないわ

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 玉座へ真っ直ぐに向かうと思われた国王夫妻は、大半の予想を裏切る。私達が座る窓際の長椅子へ足を向けた。先程の控え室では話が出なかったけれど、打ち合わせていたのかしら。

 アルブレヒツベルガー大公は、滅多に夜会に顔を見せない。そのためヴィルの顔を知らない人もいた。そんな状況下で、国王夫妻に礼すらしない彼の姿は、どう映る? ウーリヒ王国の最高権力者が、王なのは疑う余地がない。いくら大公家が特別な立ち位置にあったとしても、国王陛下の臣下として扱われてきた。

 ざわつく人々から非難に似た声が上がる。無礼だの失礼だの、騒ぐ人々の声を無視したヴィルは口元を歪めた。その笑みに近い表情は、憐れみを感じさせる。視線を向けた先で、国王陛下も似た表情を浮かべた。

 ああ、そうなのね。

「我が親友アルブレヒツベルガー大公ヴィクトール。隣に腰掛けても?」

「どうぞ、ラインハルト陛下」

 ヴィルが軽く答えたと同時に、3人掛けの長椅子の空きスペースへ国王陛下が腰を下ろす。腕を組んだ王妃シャルロッテ様が、くすくす笑い出した。

「あなた、私にも同じことをしろと仰るのね。ふふっ、ローザとお揃いだなんて嬉しいわ」

 陛下が膝を叩く仕草をすると、シャルロッテ様がふわりと優雅に腰掛ける。一国の国王夫妻が、人前でこのような姿を見せることはまずない。貴族達は驚きで言葉を失った。さりげなく愛称を呼び、私と友人であると示したシャルロッテ様は、その細い腕を夫の首に回す。

「さて、我が親友の振る舞いに、何やら大きな口を叩いた者がいたようだが?」

 器用に片方の眉を上げて「不快だ」と示す国王陛下に逆らう愚者はおらず、一様に頭を下げて従った。これから始まる断罪の本番へ向けて、これが国王ラインハルト陛下と王妃シャルロッテ様の応援なのね。

 国王と同等の地位にあると、アルブレヒツベルガー大公の立場を明確に示した。これでも逆らうなら、それは国王陛下に楯突くことと同じ。王国で王家に逆らう愚を犯す貴族はいない……通常ならば。

「国王陛下、申し上げたき議がございます」

 進み出たのは、愚者――元夫であったレオナルド・フォン・ウント・ツー・リヒテンシュタイン。見慣れた姿に、ぶるりとっ身震いがした。悪寒に近いわ。何故かしら。前世の記憶では、あの人は留守にしてその間に殺された。だから直接手を下されたんじゃないわ。それなのに……脳裏を過った光景に吐き気がする。

 何か叫びながら、彼の振り上げた剣が私へ落ちてくる。大声で叫んでいる様子なのに、声は聞こえなかった。ゆっくりと、まるで時間を数倍に引き伸ばしたみたいに、私へ銀の刃が迫った。悲鳴を上げようとして、喉の奥に張り付いた声は出てこない。目を見開いて、びくりと震えた。

「ローザ?」

「……嘘よ、こんなの知らないわ。だって前世で、私は」

 しぃ、指先が私の唇を塞いだ。顔を上げた私を真剣な眼差しで見つめるヴィルが「思い出したなんて」と痛々しさを滲ませる声で呟く。もしかして、これは私が殺された前世を示しているの? でも餓死か毒殺だったはず……いえ、アンネは火事で瓦礫に押し潰されたと言ったわ。

 ――私はいったい何回殺されたの?
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