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07.百合の香りは嫌いなの

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 食事は満足いく味のはず。それなのに砂を噛むようだった。味も感じないし、感動もしない。色どりが鮮やかな食卓程度の感想しかなかった。白い百合が飾られているのを、指先で弄る。不思議ね、普通は香りの強い百合や薔薇は食事の場で飾らないのに。指先がほんのり赤く染まった。

「奥様、こちらの百合は下げさせますね」

 アンネが顔色を青くして百合の花瓶を、別の侍女に下げさせた。よくわからないけど、何かあるのね。彼女の対応を信じて、私も後押しした。

「百合の香りは嫌いなの。飾らないように命じておいて」

「かしこまりました」

 アンネの後ろで家令も頭を下げる。指についた花粉を、アンネが丁寧にふき取った。青くなった顔色が心配だけど、具合が悪いわけではなさそうね。一度拭いた指を改めて拭き直す様子が気になった。あの百合、何かあるのかしら。白くて細い赤いラインが入っていたわ。

「すまない、知らなかった。あれはプレゼントされた物だが、次からは気を付けさせる」

「そうしてくださいませ」

 レオナルドの食事が終わっているのを確かめ、さっと立ち上がった。サラダとパン、卵料理程度の軽い朝食が貴族では一般的だ。そのため食べ終わるのも早かった。アンネを連れて出ようとした私に、レオナルドが声を掛ける。

「お茶の時間を一緒に過ごせないか」

「体調が悪いので、その時の気分でよろしいかしら」

 今断るより、お茶の時間直前に断る方がダメージが大きいでしょう? でも事前に「具合が悪い」と前振りをしておかなくてはね。私が一方的に悪く見えてしまうもの。

 こういった駆け引きは本来苦手だった。貴族特有の遠回しな断りや頼み事、察してくれて当たり前で、出来なければ陰口を叩かれる。これが貴族だけど、イライラするわ。ただ前世の記憶があるから、今の私は以前より強くいられた。守るアンネもいるから。

 私が倒れたらアンネも共倒れよ。だから苦手なんて克服してやる。曖昧な笑みで誤魔化した私は、さっさと部屋を出た。

 立派な二階建ての屋敷は、荘厳で豪奢な造りだ。外から見ると三階建ての高さがあり、天井高が取られている。侍女や侍従に与えられる部屋は通常地下だが、この屋敷では厨房を含めて半分ほど地下に埋まった形だった。そのため使用人の部屋であっても光が差すし、飾り窓から換気も可能になる。

 見た目重視で建てられたわりに、実用性もあるなんてね。ぐるりとホールを見回し、部屋に戻る階段を上がる。天井高を取ったため、この家の階段は一般的な屋敷より段数が多かった。偶数は縁起が悪いとされるため、必ず奇数段で作られる。この階段は21段あった。生家より6段も多い。

 最後の段に足を掛けたところで、違和感があった。足の裏がチクリと痛み、直後にふらりと後ろへ体が倒れる。

「奥様っ! 誰かっ、早く!!」

「きゃあぁあああぁ!」

 誰かが私を支えた。小さな声で、左足の痛みを訴えて……そのまま意識だけが落ちていく。階下の、さらに下にある地下まで転がり落ちたかと思うほど深く。
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