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108.優しい夫と青い空、泣きそうです

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 結局、育児が一段落するまで手出しされませんでした。その話をお母様に愚痴ったら、予想外の反応が返ってきます。

「何を言うの。大切にしてもらったのよ。自分の欲を後回しにして、あなたを尊重している証拠だわ」

「そうなの、ですか」

 知らなかった。愛してもらうことが妻の役割で、愛されるために努力するのが当然だと。そう思い込んでいました。だから手を出されないことは、愛されないこととイコールで。でも違うのですね。

「出産後は女性の体は大変なの。そんな時期に無理を強いる夫なら、捨ててしまってもいいのよ。だから恵まれているわ」

 ここでお父様の過去の失敗をいくつか聞いて、笑ってお見送りとなりました。領地へ戻り、しばらくは表に出ないそうです。お兄様やお義姉様のためね。

「あ、そうそう。忘れるところだったわ。国王陛下から伝言を預かったの」

 それは忘れていてはいけなかったのでは? 国王陛下としては、一番最初に伝えてもらえると思っていたでしょうに。くすくす笑いながら聞いたのは、思わぬお話でした。

 海を渡ったヘンスラー帝国に現れたドラゴンですが、結局、討伐は叶わなかったと。好き放題暴れて一年が過ぎた頃、突然山に帰って眠ったようです。帝国の都や宮殿が大きな被害を受け、周辺の街や村はさほどでもないとか。

「実はね、ヘンスラー帝国の皇帝陛下から、嘆願書が来ていたのよ。竜殺しの英雄を派遣してほしい、とね。国王陛下はすぐにお断りしていたわ。半年ほど前かしら」

 まあ、その頃は私の悪阻が落ち着いてきた頃です。相談されたとしても、アレクシス様は断ったでしょう。他国の話ですし、あの国は軍を率いて、私に危害を加えようとしましたから。

「次はアストリッドちゃんと遊びにいらっしゃい。歓迎するわ」

「離れがたいが仕方ない。体調にだけは気をつけるんだぞ」

「ええ。お父様もお母様もお元気で」

 馬車が見えなくなるまで見送り、辺境伯領はまた平穏な日常が始まりました。他国が攻めてくる事もなく、誘拐事件が起きる事もなく。ただただ幸せな日々です。

「ヴィー、こっちへ。一緒に見回りに行こう」

 アレクシス様のお誘いです。急いで乗馬ズボンに着替えました。辺境伯領では、男女関係なく馬に乗ります。私も慌てて覚えたのですよ。今では自分の馬のお世話もしますし、乗馬も上手になりました。騎士達の見回りについていける腕はあります。

 実は実家から同行してくれた侍女エレンも、一緒に練習しました。今では二人で遠乗りも出来るんですよ。もちろん、安全な領地内だけですが。

 アレクシス様の馬は、黒に白い流星が入った牝馬です。私には、白馬をいただきました。前足に茶色の手袋があるんですよ。皆様にそう話したら、ソックスだと直されました。でも、前足は手と同じ。ならば手袋でいいですよね。

「行こうか」

「はい」

 並んで馬を走らせる。風が髪を撫でていく。隣を見れば、優しい夫が微笑んでいて……晴れた空を見上げて、幸せを叫びたくなりました。なぜでしょうね、すごく楽しいのに泣きそうですわ。
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