上 下
39 / 113

39.エールヴァール公爵家の品位に関わりますわ

しおりを挟む
 翌日も早朝からお屋敷は騒がしく、物音で目を覚ましました。すでにアレクシス様のお姿はなくて、朝の鍛錬かしらと欠伸をひとつ。エレンが入室して、すぐに身嗜みを整えてくれました。その際に聞いた話では、お兄様が明け方近くに馬で駆け込んだとか。

 昨日のお父様を思いだしますわ。本当に親子でそっくり、アレクシス様にご迷惑をおかけするなんて! お父様もお兄様も困った方々ね。そう口にしたら、エレンが「ご自覚のないことがすごいです」と呟きました。私ですか? ご迷惑なんて……少年姿の時くらいですわ。

 大急ぎで階下に降りれば、お兄様も朝食を食べておりませんでした。

「お兄様、昨日のお父様もそうですが……エールヴァール公爵家の品位に関わりますわ。朝食くらい済ませてきてください」

「お前に品位を言われると傷つくが、確かにレードルンド辺境伯家に迷惑をかけることは詫びよう」

 お兄様、お言葉に棘があります。睨むと目を逸らされました。そうして逃げるくらいなら、最初から私にケンカを売らないで頂きたいわ。絶賛高価買取中ですのよ。

「食事にしよう」

 お兄様との間で遠慮が消えたようで、アレクシス様は落ち着いた口調ながら普段使いの言葉で促しました。貴族屋敷でよく見る食堂の机は長く広いですが、出来るだけ距離を詰めて座ります。向かいに腰を下ろしたお兄様は、運ばれたスープから手を付けました。

 美味しく柔らかいパン、卵はふわふわで薄切り肉はカリカリです。軽い雑談を交えながら食事を終え、私はお兄様に尋ねました。

「オリアン洋裁店の方とのお約束はいつ頃ですか」

「昼過ぎにした」

 では早朝から訪ねてくるのは早すぎでは? 首を傾げたものの、お父様もお兄様もせっかちなのを思い出しました。私のことになると心配性なのも昔からです。

「ベントソン公爵家次男の件だが」

「どの方でしょう?」

 首を傾げる私に、お兄様が丁寧に説明を始めました。ベントソン公爵家は隣国の貴族です。前王女殿下が降嫁されたお家柄で、次男は現国王陛下の甥にあたり……ああ、おととい私を誘拐した方ですね。頷いて納得した後、用意された紅茶で喉を湿らせました。

「気分は悪くないか? もしヴィーが辛いなら」

「ご心配ありがとうございます。慣れておりますわ」

 慣れているのが問題なのだと頭を抱える兄と違い、アレクシス様はお顔を曇らせました。お兄様はすぐ立ち直り、明日以降の予定を口早に並べます。明日はまだ屋敷にいて構わないようですが、今度はお母様がお父様と午後からお茶に見えられる。明後日は国王陛下との謁見が予定されており、ついでに午餐会も行うようです。正装で行かなければなりませんね。

「午餐会……」

 嫌そうに呟くアレクシス様ですが、見る限りマナーも完璧です。何も心配ないですわ。笑顔でそう伝えましたら、心配事はマナーではないとのこと。殿方の思いを汲み取るのは難しいですね。王妃殿下やお母様に改めてご指導をお願いしましょう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛がなければ生きていけない

ニノ
BL
 巻き込まれて異世界に召喚された僕には、この世界のどこにも居場所がなかった。  唯一手を差しのべてくれた優しい人にすら今では他に愛する人がいる。  何故、元の世界に帰るチャンスをふいにしてしまったんだろう……今ではそのことをとても後悔している。 ※ムーンライトさんでも投稿しています。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

木漏れ日の中で…

きりか
BL
春の桜のような花びらが舞う下で、 その花の美しさに見惚れて佇んでいたところ、 ここは、カラーの名の付く物語の中に転生したことに俺は気づいた。 その時、目の前を故郷の辺境領の雪のような美しい白銀の髪の持ち主が現れ恋をする。 しかし、その人は第二王子の婚約者。決して許されるものではなく…。 攻視点と受け視点が交互になります。 他サイトにあげたのを、書き直してこちらであげさしていただきました。 よろしくお願いします。

リーインカーネーション

きりか
BL
繰り返し見る夢で、僕は、古い町並みに囲まれ住んでいた。ある日、独裁者の命令で、軍によるオメガ狩りにあい…

転生したら使用人の扱いでした~冷たい家族に背を向け、魔法で未来を切り拓く~

沙羅杏樹
恋愛
前世の記憶がある16歳のエリーナ・レイヴンは、貴族の家に生まれながら、家族から冷遇され使用人同然の扱いを受けて育った。しかし、彼女の中には誰も知らない秘密が眠っていた。 ある日、森で迷い、穴に落ちてしまったエリーナは、王国騎士団所属のリュシアンに救われる。彼の助けを得て、エリーナは持って生まれた魔法の才能を開花させていく。 魔法学院への入学を果たしたエリーナだが、そこで待っていたのは、クラスメイトたちの冷たい視線だった。しかし、エリーナは決して諦めない。友人たちとの絆を深め、自らの力を信じ、着実に成長していく。 そんな中、エリーナの出生の秘密が明らかになる。その事実を知った時、エリーナの中に眠っていた真の力が目覚める。 果たしてエリーナは、リュシアンや仲間たちと共に、迫り来る脅威から王国を守り抜くことができるのか。そして、自らの出生の謎を解き明かし、本当の幸せを掴むことができるのか。 転生要素は薄いかもしれません。 最後まで執筆済み。完結は保障します。 前に書いた小説を加筆修正しながらアップしています。見落としがないようにしていますが、修正されてない箇所があるかもしれません。 長編+戦闘描写を書いたのが初めてだったため、修正がおいつきません⋯⋯拙すぎてやばいところが多々あります⋯⋯。 カクヨム様にも投稿しています。

前世は冷酷皇帝、今世は幼女

まさキチ
ファンタジー
【第16回ファンタジー小説大賞受賞】  前世で冷酷皇帝と呼ばれた男は、気がつくと8歳の伯爵令嬢ユーリに転生していた。  変態貴族との結婚を迫られたユーリは家を飛び出し、前世で腹心だったクロードと再会する。  ユーリが今生で望むもの。それは「普通の人生」だ。  前世では大陸を制覇し、すべてを手にしたと言われた。  だが、その皇帝が唯一手に入れられなかったもの――それが「普通の人生」。  血塗られた人生はもう、うんざりだ。  穏やかで小さな幸せこそ、ユーリが望むもの。  それを手に入れようと、ユーリは一介の冒険者になり「普通の人生」を歩み始める。  前世の記憶と戦闘技術を引き継いではいたが、その身体は貧弱で魔力も乏しい。  だが、ユーリはそれを喜んで受け入れる。  泥まみれになってドブさらいをこなし。  腰を曲げて、薬草を採取し。  弱いモンスター相手に奮闘する。  だが、皇帝としての峻烈さも忘れてはいない。  自分の要求は絶対に押し通す。  刃向かう敵には一切容赦せず。  盗賊には一辺の情けもかけない。  時には皇帝らしい毅然とした態度。  時には年相応のあどけなさ。  そのギャップはクロードを戸惑わせ、人々を笑顔にする。  姿かたちは変わっても、そのカリスマ性は失われていなかった。  ユーリの魅力に惹かれ、彼女の周りには自然と人が集まってくる。  それはユーリが望んだ、本当の幸せだった。  カクヨム・小説家になろうにも投稿してます。

邪悪な魔術師の成れの果て

きりか
BL
邪悪な魔術師を倒し、歓喜に打ち震える人々のなか、サシャの足元には戦地に似つかわしくない赤子が…。その赤子は、倒したハズの魔術師と同じ瞳。邪悪な魔術師(攻)と、育ての親となったサシャ(受)のお話。 すみません!エチシーンが苦手で逃げてしまいました。 それでもよかったら、お暇つぶしに読んでくださいませ。

処理中です...