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112.僕は約束を守りたい

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 伸ばした手を掴まれて、僕は飛びついた。抱っこする腕がアスティで、首筋に顔を埋めれば鱗がある。間違いない。

「アスティ」

「カイ、よく戻ったわ。頑張ったわね」

「……うんっ」

 いっぱい痛くて苦しくて、最後は悲しくて。でもアスティに会いたかったから我慢できた。そう話したいのに、喉の奥が詰まって声にならない。涙がいっぱい溢れて、アスティの首が濡れた。

「くそっ、ほとんどの魔力を食われちまった。なんて奴だ」

 文句を言いながら、床に座り込んだのはラーシュ。黒い髪をぐしゃぐしゃと乱して、襟に指を入れて引っ張った。ボタンがぱちんと音を立てて外れる。

「……しばらく何もしたくありません」

 アベルも疲れちゃったの? 僕のためにありがとう。二人にお礼を言って、僕は気づいた。

「見える、聞こえるよ」

「そうよ。それに……気づいているかしら? 自分で私に抱きついているわ」

 アスティの言葉で、僕の両手が首に回ってると気付く。足もアスティの腰に回してて、全部動いていた。

「僕、治ったの?」

「ええ。中に入り込んだ悪人はあの中に捕らえたわ」

 指差す先で、模様が書かれた厚い紙みたいなのが揺れる。丸に模様がいっぱいで、中に文字も書いてあった。僕が知らない文字? ううん、違う。読めるよ。

「ふういんの、しょ?」

「読めるのですか?!」

 驚いた顔をするアベルに頷き、指差して続きを読もうとしたら止められた。声に出して読んではいけないんだって。竜の秘術と言われた。秘術って、秘密に似てるね。

「中に黒い人がいるなら、僕に頂戴」

「ダメよ! カイ、絶対にだめ」

「だって僕、約束したんだよ。あの人とお話ししたの。寂しいって。だから温めてあげるんだ」

 知ってる言葉を尽くして、出てくる前に起きた僕の体験を話す。つっかえても、言葉が見つからなくても、一生懸命お話しした。

「僕は約束を守りたい」

「……そういうことなら、仕方ないんじゃないか? 竜女王として度量のでかいところを見せてやれや。それに、憑依されなきゃ倒せるんだから」

「憑依を防ぐ方法が見つかれば、叶えてもいいのではありませんか」

 ラーシュとアベルの進言に、アスティは長く考えていた。僕は手を伸ばして、アスティの鱗に触れる。撫でてからキスをした。

「っ! 分かった。憑依を防ぐ方法が見つかるまでは、私がいない時に触らない。約束できるか?」

「うん」

 良かった。僕はあの黒い人シグルドとの約束を果たせそう。なぜか、お名前は誰にも教えなかった。たぶん、シグルドの名前は大切なものだと思う。初めて僕がアスティに「カイ」と呼ばれた日みたいに、秘密で胸にしまっておく。

「気をつけろ」

 魔法陣がいくつも重ねられた紙は、羊皮紙というんだよ。柔らかくて布みたいだけど、少しごわごわしていた。くるくると丸めて、僕は赤いリボンを巻いた。結ぶところはアスティが手伝ってくれて、お礼を言って抱き締める。

「あったかいといいな」

「カイは本当にいい子ね。さあ、今日の宿を探しましょうか」

 首を傾げた僕は気づいた。このお部屋、こんなに明るかったっけ? 上にある天井がなくて、空があった。壁も半分しかなくて、窓は全部割れてる。ベッドも割れてるし、お屋敷は壊れていた。

「どうするの?」

「ひとまず、私の家に避難してください」

 アベルのお家、近くなのかな。泊めてもらえると聞いて、ラーシュも一緒に来た。今日は疲れたから帰るのは明日にするみたい。普段お屋敷で暮らすヒスイや侍女の人達も、皆でアベルのお家へ向かった。
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