上 下
76 / 91

75.もう一人の花嫁

しおりを挟む
 ギータ様の鍾乳洞神殿へ戻れば、あちこち壊れた跡が痛々しい。光る珠がうろうろしているのは、復旧作業をする精霊だった。しょげたリカラは大人しく、後ろをとぼとぼ付いて来る。まだライオン姿なのね。そういえば、戻るまで半日って言ってたっけ。

「勘違いしたのは仕方ないが、我が花嫁に傷をつけた罰は受けてもらうぞ」

 ん? 勘違いは仕方ないって。何の話だろう。不思議に思って見上げる私の頬を撫で、ギータ様は苦笑いした。

「リカラの花嫁は、アデライダだ」

「へ?」

 間抜けな声が漏れた。さっきから「は」だの「へ」だの、私の言語機能が崩壊してるわ。でも驚いて何も言葉が見つからないの。アデライダがリカラの花嫁? どうやって知るの、いえ……何を基準に選ばれるのかな。神様って、そんなに簡単に花嫁を選んだらダメだと思う。

「簡単じゃないが」

 話す間に、神殿の方から「お姉様!」と叫ぶアデライダが走ってきた。足元をぴょこぴょこ飛び回るペキが、踏まれそうで危ない。なんとか無事にたどり着いたアデライダは、勢いそのままに私に飛びついた。後ろでギータ様が支えていなかったら、倒れたかも。ちょっと勢いが怖かった。

「アデライダ、ペキも。無事でよかったわ」

「……僕、意味が分からない」

 当事者であるリカラは、花嫁と名指しされたアデライダと私を交互に見つめる。それから大きく首を傾げた。目の前にしても私の方に興味があるのなら、ギータ様の勘違いってこともありそう。

「いいか? ほら」

 ギータ様が私の上で何かを払うような仕草をした。途端に、リカラの瞳孔が縦に割れる。興奮した様子で、獅子が足を踏み出した。きょとんとしたアデライダは「大きい猫だ」と手を伸ばす。

「猫じゃなくて、獅子ね」

 訂正するものの、リカラが噛むとは思えず見送った。手が触れると、ライオンのタテガミがぶわりと膨らむ。猫の尻尾みたい。ペキは「しゃー」と威嚇しながら尻尾を膨らませた。そうよね、普通は尻尾が膨らむんだもの。

 のんびりした私の感想に、ギータ様が喉を震わせて笑った。それから私を抱き上げる。

「理解したか? ならば罰を受けろ」

「あ、うん。ごめんね……」

 リカラは素直にギータ様の言葉に頷いた。謝罪の言葉と同時に、私の背中の痛みが軽くなる。これで印自体は消えたらしい。アデライダは薄茶のタテガミに顔を埋めて「ふかふか」と嬉しそうだった。リカラは本当に猫がじゃれるみたいに、アデライダへ鼻先を押し付ける。

 花嫁って話は本当みたい。アデライダに対して加減してるし、懐いた猫の仕草だった。触れたら分かるのに、どうして私と間違えたんだろう?

「少しばかり複雑なんだが」

 ギータ様は私の疑問を解決するため、抱き上げたまま説明を始めた。首に手を回して態勢を安定させたので、耳元で心地よい声が聞こえる。

「フランカと義妹の立場を入れ替えただろう? あれで歪みが起きた」

 本来は公爵令嬢であるアデライダが、リカラの花嫁だった。その立場を逆転させたため、複雑に絡んだ糸をリカラは読み解けなかったのだ。ソシアス公爵令嬢となった私は、本来「ラファエラの娘」のはず。その逆転の偽装を取り払えば、本来の花嫁が認識できる。

 さっき何かを払う仕草をしたのは、これだったのね。納得して頷いた。一頻りじゃれて満足したのか、リカラはぺたんと腹ばいになって鼻先を地面に付ける。反省する猫みたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

処理中です...