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74.もう返してもらうぞ

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「印をつけたんだ」

 さらりと答えるリカラに、悪びれた様子はない。至極当たり前のことみたいに言った。だから流しそうになったけど、印?

「わかりやすく言うなら、僕の花嫁にもなったわけ」

「は?」

 貴族令嬢にあるまじき声が出た。低く地を這う響きで、意味としては「何言ってんの、あんた。馬鹿じゃない?」だろうか。省略して短く発した声に、リカラはびくりと強張って目を見開いた。

 失礼だから、被害者みたいな顔しないで! 攫われた私が被害者だし、ギータ様の花嫁だって言ったじゃない。

「古代竜はお告げで印をつけたけど、僕は……その、爪でちょちょいと」

 ちょちょいと爪を引っ掛けた結果、現在痛みに顔を顰める事態になったのね。眉を寄せて溜め息を吐くと、慌てた様子でリカラが申し出た。

「痛みは消せる。背中出して」

「やだ」

 即答した。ギータ様の花嫁になる決意をしたのに、どうして別の神様に背中を見せないといけないのよ。貴族令嬢の素肌を何だと思ってるの? 傷を付けただなんて。

 心の中で罵るたび、リカラがしょんぼりしてく。猛獣であるライオン姿のせいか、あまり可哀想だと思えなかった。しょげた猫に置き換えたら、可哀想な気もするけど。

「元の姿に戻るまで半日待ってよ」

「そんなに待つ気はないわ。ギータ様が迎えに来てくれるもの」

「だってさ、君は僕のこと呼べるじゃん。リカラって呼び捨てにしてくれるのに、古代竜は様付けだから。僕の方が距離が近い」

 得意げに言い切ったライオンの髭を摘んで引っ張った。確か猫って髭が弱点よね? 痛そうに顔を歪めて唸るから、ぺちんと鼻の上を叩く。猛獣は怖いけど、中身がリカラで言葉が通じるなら怖くないわ。

「私を戻して」

「嫌だ」

「嫌も何も、もう返してもらうぞ」

 後ろから聞こえたギータ様の声に、抱き締める腕が重なる。温かくて安心できる腕が、私を引き寄せた。背中からギータ様の熱が伝わる。見上げれば、頭ひとつ高い位置で銀髪の神様は笑った。

「待たせたな、俺の失態だ。責めていいぞ」

 明るい声なのに、落ち込んでるんだなと感じた。ぽんぽんと手でギータ様の腕に触れ、頬を擦り寄せる。向かいで唸るライオンへ目を向け、視線を合わせて伝えた。

「欲しい子がいるなら、無理やり奪ってはダメ。そんなんじゃ、誰も一緒にいてくれないわ」

 私だってそう。屋敷が崩れたあの時、助けに来たギータ様が私を攫ったら……今とは違う関係になっていた。きっと恨んで憎んで、騙されたと叫んだかも。

 一度離れて考える時間をくれた。それでも王家に取り込まれそうになったら、また助けに来る。私に寄り添って、様々な協力をした。神様なのに、人である私に合わせてくれたの。

「僕……ごめんなさい」

 自分の行動を振り返って反省する獅子に、ギータ様は肩をすくめた。

「ひとまず、一緒に来い」

 罰はその後だ。物騒な発言がついていたのに、リカラは素直に頷いた。
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