43 / 91
43.貴族の耳に入らない噂
しおりを挟む
娘の恩人だからと、未婚の私を残して退席するはずがない。彼らの見た目が厳ついことも、不安要素だと思うわ。でも席を外させないと話が出来なかった。
「こういう時こそ俺を頼れ」
耳元に囁いたギータ様が何かを呟いた。聞いたことのない言語の後、今度は執事ブラスが公爵夫人に何か耳打ちする。
「仕方ないわ。私が応対します」
迷った末に言い切り、私に向き直った。
「フラン、お客様なの。こちらの皆様への接客をお願いできる?」
「はい、お母様」
にっこり笑って頷く。まったく不安を感じさせない表情を浮かべて頷いた。隣に圧倒的強者である古代竜がいる以上、私を傷つけられる者はいない。公爵夫人は丁寧に娘の恩人へ声をかけた。
「お客様が重なってしまいましたの。私は失礼いたしますわ」
「お、お気遣いなく」
頑張って返したセサルは、扉が閉まるとほっと胸を撫で下ろした。それは詰めかけた他の皆も同じで。なんだか可愛く見えちゃうから不思議だわ。
「浮気は困るな」
「これが浮気なら、すでにペキがいます」
くすくすと笑って受け流す。ギータ様の声も本気じゃないし、平気よね。
「実は、今回の山崩れで奇妙な話があって」
前置きしたセサルが語り出した内容は、貴族の耳に届かない平民同士の噂だった。公爵家の屋敷の裏は、昔からの山で切り崩した崖ではない。何百年も崩れたことがないのに、どうして崩れたのか。数日前に屋敷裏の林に入った猟師が、見慣れぬ男を咎めた。
許可を得た猟師や管理人以外は入れない林で、男は何か埋めていたらしい。走り出す男を追いかけたが逃げられてしまい、埋めた場所も分からなくなったと言う。わずか数日後、大雨の際に裏山が崩れた。
公爵邸を押し潰した大きな土砂崩れにも関わらず、場所は限定されていたことに、地元の建設関係者は首を傾げる。まるで公爵家を狙ったように、ぴたりと同じ幅で崩れていた。周辺の同じ地層はまったく被害がない。
これらの話に加え、さらに興味深い噂が流れた。王都を挟んだ反対側に位置するランヘル公爵家が、国教ギータ・リ・アシスの神殿を新築している。それも、複数の場所で。新たな神殿の建築は、教皇猊下はもちろん王家の許可が必要となる。しかし許可がないまま、建築が進んでいるとか。
出稼ぎで建築現場に参加した農民の証言だった。何より、ランヘル公爵領では、私を「魔女」と呼んでいるらしい。竜乙女なら分かるけど、魔女……その響きは意識に黒いシミを残した。
「ふむ、面倒な輩がおるものよ。俺が軽く尾の先で……」
「今はダメ」
叩き潰す宣言の前に、ぴたりと口を手で塞いだ。古代竜の化身相手の暴挙に、豪胆なセサル達も固まる。ぺろりと舌で手のひらを舐められ、慌てて腕を引っ込めた。
「今の味見に免じて、猶予してやろう」
許す気はないと笑うギータ様は、なぜか凄く楽しそうだった。
「こういう時こそ俺を頼れ」
耳元に囁いたギータ様が何かを呟いた。聞いたことのない言語の後、今度は執事ブラスが公爵夫人に何か耳打ちする。
「仕方ないわ。私が応対します」
迷った末に言い切り、私に向き直った。
「フラン、お客様なの。こちらの皆様への接客をお願いできる?」
「はい、お母様」
にっこり笑って頷く。まったく不安を感じさせない表情を浮かべて頷いた。隣に圧倒的強者である古代竜がいる以上、私を傷つけられる者はいない。公爵夫人は丁寧に娘の恩人へ声をかけた。
「お客様が重なってしまいましたの。私は失礼いたしますわ」
「お、お気遣いなく」
頑張って返したセサルは、扉が閉まるとほっと胸を撫で下ろした。それは詰めかけた他の皆も同じで。なんだか可愛く見えちゃうから不思議だわ。
「浮気は困るな」
「これが浮気なら、すでにペキがいます」
くすくすと笑って受け流す。ギータ様の声も本気じゃないし、平気よね。
「実は、今回の山崩れで奇妙な話があって」
前置きしたセサルが語り出した内容は、貴族の耳に届かない平民同士の噂だった。公爵家の屋敷の裏は、昔からの山で切り崩した崖ではない。何百年も崩れたことがないのに、どうして崩れたのか。数日前に屋敷裏の林に入った猟師が、見慣れぬ男を咎めた。
許可を得た猟師や管理人以外は入れない林で、男は何か埋めていたらしい。走り出す男を追いかけたが逃げられてしまい、埋めた場所も分からなくなったと言う。わずか数日後、大雨の際に裏山が崩れた。
公爵邸を押し潰した大きな土砂崩れにも関わらず、場所は限定されていたことに、地元の建設関係者は首を傾げる。まるで公爵家を狙ったように、ぴたりと同じ幅で崩れていた。周辺の同じ地層はまったく被害がない。
これらの話に加え、さらに興味深い噂が流れた。王都を挟んだ反対側に位置するランヘル公爵家が、国教ギータ・リ・アシスの神殿を新築している。それも、複数の場所で。新たな神殿の建築は、教皇猊下はもちろん王家の許可が必要となる。しかし許可がないまま、建築が進んでいるとか。
出稼ぎで建築現場に参加した農民の証言だった。何より、ランヘル公爵領では、私を「魔女」と呼んでいるらしい。竜乙女なら分かるけど、魔女……その響きは意識に黒いシミを残した。
「ふむ、面倒な輩がおるものよ。俺が軽く尾の先で……」
「今はダメ」
叩き潰す宣言の前に、ぴたりと口を手で塞いだ。古代竜の化身相手の暴挙に、豪胆なセサル達も固まる。ぺろりと舌で手のひらを舐められ、慌てて腕を引っ込めた。
「今の味見に免じて、猶予してやろう」
許す気はないと笑うギータ様は、なぜか凄く楽しそうだった。
21
お気に入りに追加
753
あなたにおすすめの小説
死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される
葵 遥菜
恋愛
「死んでくれればいいのに」
十七歳になる年。リリアーヌ・ジェセニアは大好きだった婚約者クラウス・ベリサリオ公爵令息にそう言われて見捨てられた。そうしてたぶん一度目の人生を終えた。
だから、二度目のチャンスを与えられたと気づいた時、リリアーヌが真っ先に考えたのはクラウスのことだった。
今度こそ必ず、彼のことは好きにならない。
そして必ず病気に打ち勝つ方法を見つけ、愛し愛される存在を見つけて幸せに寿命をまっとうするのだ。二度と『死んでくれればいいのに』なんて言われない人生を歩むために。
突如として始まったやり直しの人生は、何もかもが順調だった。しかし、予定よりも早く死に向かう兆候が現れ始めてーー。
リリアーヌは死の運命から逃れることができるのか? そして愛し愛される人と結ばれることはできるのか?
そもそも、一体なぜ彼女は時を遡り、人生をやり直すことができたのだろうかーー?
わけあって薄幸のハリボテ令嬢となったリリアーヌが、逆行して幸せになるまでの物語です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
妹に裏切られて稀代の悪女にされてしまったので、聖女ですけれどこの国から逃げます
辺野夏子
恋愛
聖女アリアが50年に及ぶ世界樹の封印から目覚めると、自分を裏切った妹・シェミナが国の実権を握り聖女としてふるまっており、「アリアこそが聖女シェミナを襲い、自ら封印された愚かな女である」という正反対の内容が真実とされていた。聖女の力を狙うシェミナと親族によって王子の婚約者にしたてあげられ、さらに搾取されようとするアリアはかつての恋人・エディアスの息子だと名乗る神官アルフォンスの助けを得て、腐敗した国からの脱出を試みる。
姉妹格差によりすべてを奪われて時の流れに置き去りにされた主人公が、新しい人生をやり直しておさまるところにおさまる話です。
「小説家になろう」では完結しています。
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
window
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます
かずき りり
恋愛
もう、うんざりだ。
そこに私の意思なんてなくて。
発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。
貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。
善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。
聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。
————貴方たちに私の声は聞こえていますか?
------------------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?
ラララキヲ
恋愛
乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。
学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。
でも、ねぇ……?
何故それをわたくしが待たなきゃいけないの?
※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。
◇テンプレ乙女ゲームモノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる