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27.王妃殿下にしてやられた

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 私の意図を探るように、王妃殿下は黙ってしまった。私はにっこりと微笑んだまま、答えを待つ。その間に、ハンカチに載せたお菓子をお皿に戻すイグナシオ。なぜかしら、可愛いらしく感じちゃう。

 昔の感情を忘れたわけじゃない。絶対に復讐すると決めたけど、この子に復讐しても後味が悪そう。あの頃の、憎たらしい元婚約者に成長してくれなくちゃ。そうよ、復讐のし甲斐がないわ。

「ダメ、ですか?」

 沈黙の不安に耐えかねた様に装って、私は王妃殿下に声をかけた。お菓子を戻したイグナシオ王子が、王妃殿下を上目遣いで窺う。そんな息子を見て、それから私に視線を合わせた。赤い唇の口角が上がる。

「構わないわ。同じお菓子を持たせるから、目の前にある分は食べてね」

「ありがとうございます」

 感激した風に大きめの声で感謝を述べ、私は小さな焼き菓子を手に取った。左手を下に添えて、溢れないよう気を使う。本当は紙ナプキンを添えるんだけど、見当たらなかった。

「あら、足りないわね」

 王妃殿下が私の所作に気づいて、侍女を呼ぶ。持ち帰るお菓子の手配と同時に、紙ナプキンが用意された。齧った際に溢れた粉をお皿に落とし、ハンカチで手を拭う。

「刺繍も嗜むのかしら」

「はい。まだ下手ですが」

 技術の基礎は頭に残っている。が、いかんせん手が慣れない。失敗を繰り返しながら、新たに修練を積むしかないのが技術だった。ここは二度目でも三度目でも同じでしょう。

 指を刺す無様は避けられたけど、刺繍の出来はお粗末だった。勿体無いので使うけどね。前回はよく、アデライダの代わりに刺繍をさせられたっけ。あの子が夜会で殿方にプレゼントしたハンカチは、すべて私の作品だった。数をこなしたので、上達したわ。

 美しいドレスなんてもらえなかった私にとって、刺繍用の布や糸は輝いて見えた。残った僅かな糸も大切に保管して、宝物にしたほどよ。今も無駄に使うことが出来なくて、一針ずつ丁寧に縫っては解いていた。

「見せてくださらない?」

「拙いですが、どうぞ」

 刺繍をじっくり眺めて、何度も指先でなぞる。その仕草は確かめているような気がした。でも心当たりはないので、イグナシオ王子が差し出したお菓子を受け取って口に入れる。

「おいしい?」

「はい。美味しいです」

 イグナシオとおままごとのような会話をする私は、少し気を緩めていたのかも知れない。目の前にいる王妃殿下への注意が疎かだった。

「今度、イグナシオや私にもハンカチに刺繍をしてもらえるかしら?」

「え? あ、はい。もっと上達したらお届けします」

 咄嗟に答えてしまい、やられたと後悔するのは帰りの馬車の中だった。膝に載せたお菓子の箱を抱え込み、お茶会の会話を反芻する。明日も会う予定だから、対策を練らないと。刺繍が上手くなるまで、王族と付き合うことになるわ。
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