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16.夫選びを失敗しただけ

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 休憩はこまめに準備されていた。といっても、モンテシーノス王国を出るまでは、1回だけ。国境を出てすぐ2回目の休憩が入る。ずっと走り続けた馬車から降りた。

「ここまでは急ぎだったけれど、もう国境を過ぎたからゆっくり旅ができるわ」

 お母様は固まった体を解しながら、そう笑う。柔らかな寝台を作ってもらえた私達がこんなに疲れたなら、鎧を着用して軍馬に跨る騎士や荷馬車の使用人は、もっと疲れたでしょう。

 モンテシーノス王国とカルレオン帝国の間には、小さな公国がある。アルムニア公国は、私のお祖父様の弟君が治めていた。戦上手で知られる大公様は結婚せず、独身を貫いていると噂を耳にする。

 アルムニア公国は二百年程前、ひとつの王国だった。王族同士が戦って国を割った結果が、アルムニアとモンテシーノス王国。モンテシーノス王国は国としては若く、七代目の国王陛下が治めている。

 アルムニア王国は、モンテシーノス王国と領土を割った後、カルレオン帝国の一角に攻め込んだ。当時の皇帝陛下が軍を動かし、民を救って王国を吸収する。歳の離れた皇弟殿下が大公になり、アルムニア王国を「公国」と改めて統治したのが始まりだった。

 皇位を継がない皇兄や皇弟が統治する決まりだ。このアルムニア公国は、カルレオン帝国の皇族が代々受け継ぐ領地として、独立性の高い属国扱いになっていた。

「今夜はこの国境の街で宿泊する。明日も一日休みとし、明後日出立の予定だ」

「お父様、お気遣いありがとうございます」

 もう体調はかなり落ち着いたのだけれど、心配させているようですね。にっこり笑ってお礼を言ったことで、お父様の表情が明るくなりました。

「国境を越えたから、もう安心ね」

 ナサニエルの頬を指先で撫でながら、お母様も笑みを浮かべます。擽ったいのか、小さな手を動かすナサニエルを抱き締めました。ここまで来たら、もう帝国内も同じ。元夫のベルナルドに、この子を奪われる心配はない。私が連れ戻される危険もないわ。

「宿はこっちだ」

 軍人に案内され、使用人達は複数の宿に入っていく。ほっとした表情が印象的だった。逃げるわけじゃないけど、彼らも不安を感じていたのね。

 馬車と違って揺れないベッドで横になり、しっかり休息を取る。丸一日の休みは、騎士や使用人達にも気分転換になった。ずっと走った軍馬も疲れを癒したみたい。出立の隊列はゆっくり動き出した。

 宿から出なかったけれど、この街は賑わっている。国境付近は貿易で行き来する商人が立ち寄るので、人が多いのだとか。周辺の村からも買い物客が訪れると聞いた。

 賑やかな街の音を聞きながら、窓から外を眺める。お母様が私を支えるように腕を貸し、身を起こして座るのを助けてくれた。多めに用意したクッションに寄りかかり、流れていく景色を楽しむ。

「ねえ、お母様。私は結婚に失敗したのかしら」

「違うわ。夫選びを失敗しただけ。だって結婚しなかったら、可愛いナサニエルが生まれていないもの」

 腕の中ですやすやと寝息を立てる我が子。引き離された時は、心も体も千切れたかと思うほど痛かった。可愛い、愛おしいナサニエルを見つめ、私はお母様に頷いた。

「そうですわね。この子を授かる試練だったと思います」

「ふふっ、あなたによく似てる。お祖父様もお父様も喜ぶわ」

 帝国に着いたら、迎えを手配してくださったひいお祖父様にお礼を申し上げて、お祖父様にもこの子を抱いてもらいましょう。ひいお祖父様のご尊名を授けたと知ったら、なんて仰るかしら。

 私に甘い二人を思い浮かべれば、自然と笑顔が浮かんだ。
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