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とある淑女の視点

とある淑女の視点(6)

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 エガオちゃんが見つかったのは1週間後の雨の日だった。
 グリフィン家の権力を最大限に生かし、王国の斥候に協力してもらい見つけ出すことが出来た。
 エガオちゃんは、新設された公園の近くの路地裏に潜み、公園の水道で髪を洗ったり水を飲んでいるらしい。
 その話だけでも胸が張り裂けそうなのに今は、路地裏の
壁に寄りかかって固そうなパンを齧りながら雲に雨の降りしきる重い空を眺めていた。
 雨に濡れたその顔が失望に泣いているように見えた。
 そんなエガオちゃんの姿を見て私は直ぐに駆け寄りたい、抱きしめたい衝動に駆られた。
 でも、出来ない。
 なんと言って声をかけたらいいのか、近寄ったらいいのかが分からない。
 私は、どうしようもない悲しみに囚われて動くことが出来なかった。
「マダム?」
 低い声と共に雨が途切れる。
 鳥の巣のような髪をした青年がいつの間にか私の横に立っていた。
「傘も差さずにこんなところで何してるんです?」
 そう言って彼は自分の差している黒い傘を私に向ける。
 そう言えば慌てて出てきたから傘なんて差してこなかった。
「カゲロウ君?」
 彼は、公園の中でキッチン馬車を営んでいる青年だ。料理も飲み物も美味しく、犬の散歩の時によく立ち寄っている・・。
 でも、何でここに?
「仕込みの材料を買いに行くところだったんです」
 私の思考を読み取ったように彼は答えて無精髭の生えた口元を釣り上げる。
「そしたらマダムがいてびっくりです」
 そう言って朗らかに笑う。
 私は、意を決して彼の手を握る。
 突然の私の行動にカゲロウ君は驚く。
 私は、震える手で路地裏を指差す。
「いつも公園で髪を洗ったり水を飲んでる女の子があそこで動けなくなってるの!」
「えっ?」
「助けてあげて!お願いよ!」
 そう言って私は彼の傘の中から抜け出して走り去る。
 カゲロウ君は、呆然と私を見ていた。
 
 屋敷に戻ってからも私は落ち着かなかった。
 彼は、ちゃんとエガオちゃんを助けてくれただろうか?
 具合悪くなってないだろうか?
 泣いてないだろうか?
 私は、気が気ではなく、愛犬も心配そうに私の顔を見ている。
 純粋な瞳に浮かぶ私の顔があの子に変化する。
『このままでいいの?』
 あの子は、私に問う。
 私は、あの子の頭を撫でるように愛犬の頭を撫でる。
「ダメよね」
 私は、立ち上がる。
 雨に汚れた身体をお風呂に入って洗い流し、化粧をして着替えた。そして愛犬に黄色のレインコートとリードを付けて公園へと戻った。
 
 エガオちゃんは、キッチン馬車の円卓の1卓に座っていた。何かを食べ、今は紅茶を飲んでいた。
 カゲロウ君はちゃんとエガオちゃんを助けてくれていたのだ。
 私は、カゲロウ君に挨拶をする。
 カゲロウ君は、少し驚いた顔をしたが空気を察したのか私に合わせてくれた。
 注文をすると私は、エガオちゃんの席の近くに座った。
 なるべく自然にと意識してにっこりと微笑み、手を振ると恥ずかしそうに小さく頭を下げた。
 可愛い。
 私は、堪えきれずに話しかけた。
 エガオちゃんは、戸惑いながらも恥ずかしがりがら答えてくれた。
 私も手探りをしながらだったので失言してしまうこともあったが何とか会話を進めることが出来た。
 カゲロウ君が注文の品を持ってきてくれたので感謝を込めてたくさんのお金を払った。カゲロウ君は戸惑っていたが正当な対価と言って受け取らせた。
 彼にはこの額でも少ないくらい感謝している。
 私がお金払ったのを見てエガオちゃんもお金を払わないとと思ったようで革袋を開き、泣きそうになる。
 何事かと思って近くに寄って話しを聞くとお金の払い方が分からないと言うのだ。
 私は、驚くと同時に夫に怒りを感じた。
 あの人はこの子に戦いばかりを教えて大切なことを教えてこなかったのだ。
 私は、努めて冷静にエガオちゃんと会話をしながらお金の払い方を教える。
 エガオちゃんは、驚いた顔をする。
 しかし、いざエガオちゃんがお金を払おうとするとカゲロウ君はなんと「いらねえ」と答えたのだ。
 理由を聞くと納得出来ることだし、男気もあるが今しなくてもよくない?
 案の定、エガオちゃんはしゅんっと落ち込んでしまう。
 仕方なく私は一計を案じることにした。

 お風呂に入り、化粧をしたエガオちゃんは天使ようで私は思わず声援を上げてしまった。
 エガオちゃんは、とても恥ずかしそうにしていたが、そんな恥じらう姿もとても可愛い。
 カゲロウ君も感心したように見る。
 お金がダメなら働いてお礼をする!
 私がそういうとエガオちゃんは照れながらもお仕事を始める。
 計算や文字を読むのは苦手だけどカゲロウ君が陰ながらフォローして卒なくこなしていく。
 私もお金の計算の手伝いをする。
 お客さん達も鎧の上にエプロンを付けた美少女が接客するのに驚いていたが直ぐに受け入れて楽しそうに話しかけ、特に同じ年の四人組がエガオちゃんに興味を示して話しかけた時には涙が出そうになった。
 お客さんが捌け、疲れ果てたエガオちゃんは円卓の上に顔を沈めた。
 私は、たくさん褒めた。
 カゲロウ君は、注文したチーズケーキと紅茶を持参してエガオちゃんの前に置く。
 そして感謝の言葉をエガオちゃんに述べるとその頭の上に手を置いて撫で始めた。
 男性が女の子の頭を気安く撫でるなんて、と思わず咎めそうになる。
 しかし、エガオちゃんが気持ちよさそうにうたた寝を始めたのを見て黙った。
 とても不思議な光景だった。
 私は、何故か嬉しくなって微笑んでしまう。
 ゆったりとした時間。
 しかし、それは長くは続かなかった。
 公園の入り口の方から悲鳴が聞こえる。
 エガオちゃんがカゲロウ君の手を払って立ち上がる。
 目つきが猛禽類のように鋭く、獰猛に光る。
 エガオちゃんは、大鉈を背負うと一目散に声の方に走っていった。
 暴れていたのは脱走した騎士とその部下でエガオちゃんのことを知っているようだった。
 エガオちゃんは、一瞬の内に部下を倒し、騎士と向かい合う。
 表情一つ変えずに赤子を相手にするように敵を倒していく様はとても同じ人間のように見えなかった。
"笑顔のないエガオ"という名が頭の中で木霊する。
 助けられた人たちの顔にも怯えが走る。
 追い詰められた騎士は、身体に彫られた魔印を発動させ、全身を炎で包む。
 炎の魔法騎士。
 私の脳裏にあの子の姿が浮かび、身体が震える。
 しかし、エガオちゃんは、大鉈の切先を魔法騎士に向けて冷徹に睨み、挑発する。
 恐らく標的を自分だけに向ける為だ。
 魔法騎士が炎を放ち、エガオちゃんの全身が包まれる。
 私は、声にならない悲鳴をあげる。
 しかし、次の瞬間、風が巻き起こってエガオちゃんを包んでいた炎を消し飛ばし、大鉈の切先が魔法騎士の胸部を切り裂いた。
 魔法騎士の身体に炎が吸い込まれ、消し炭のようになっめ倒れる。
 エガオちゃんは、魔法騎士に近寄って「辛いですか?」と冷たい声で聞く。
「楽にしてあげます」
 そう言って大鉈を振り上げる。
 何をしようとしているか直ぐに分かった。
 ダメ!エガオちゃん!
 しかし、大鉈は、魔法騎士に触れる直前で止まる。
 いつの間にかカゲロウ君がエガオちゃんの背後に回って大鉈を握るエガオちゃんの手を握っていた。
 カゲロウ君は、エガオちゃんの小さな身体を抱きしめ、エガオちゃんに語りかける。
「みんなお前に感謝している。お前がみんなの笑顔を守ったんだ」
 気がついたらあれだけ怯えていた周りの人達が笑顔を浮かべて二人を、エガオちゃんを見ていた。
 エガオちゃんもそれに気がついて石畳に膝を付き、泣き崩れた。
 カゲロウ君は、エガオちゃんを優しく抱きしめた。
 私は、ほっとした。
 ほっとしたけど同時に怒りが湧いた。
 生まれて初めてエガオちゃんに怒りを感じた。
「エガオちゃん、座りなさい!」
 私は、戻ってきたエガオちゃんを座らせ、水脹れだらけの手を治療する。
 小さな手。
 こんな小さな手で今までたくさんの敵を倒して、たくさんの人を守ってきた。
「貴方のしたことはとても褒められることよ」
 本当に凄いこと。
 でも・・・。
「でも、私は褒めたくないの。何でか分かる?」
 エガオちゃんは、本当に分からないと言った顔で首を横に振る。
「貴方が怪我をするところを私が見たくないからよ!」
 本心が出てしまった。
 もう傷つかないでほしい。
 戦わないで欲しい。
 さっきいた四人組のように普通の女の子としての青春を謳歌して欲しい。
「ちゃんと聞いとけ」
 カゲロウ君が私の前に紅茶を、エガオちゃんの前にアイスティーとチーズケーキを置く。
 手が痛くて食べれないエガオちゃんにカゲロウ君がチーズケーキを切り分けて食べさせようとする。
 エガオちゃんは、恥ずかしがって嫌がるが隙を付いてバクっと食べさせる。
 それがあまりに美味しかったのか、エガオちゃんは、恥ずかしそうにしながらも口を開ける。
 カゲロウ君は、嬉しそうに食べさせる。
 何だろう?凄くいい感じ・・・。
 そこで私は思いつく。
「エガオちゃん、ここで働きなさい!」
 驚く二人。
 さすがのカゲロウ君も動揺して理由をつけて拒否する。
 私は、エガオちゃんを逃したくない、普通の女の子にしたい一心でとんでもないことを口走る。
「それじゃあ結婚しなさい!」
 二人は思わず目が点になる。
 その後も怒ったカゲロウ君と言い合いになるが、その時、大きな変化が起きる。
「あははっあはははっ」
 エガオちゃんが笑ったのだ。
 あの頃のように無邪気に、楽しそうに笑ったのだ。
 私は、嬉し涙を堪えて微笑む。
 そして決めた。
 もうエガオちゃんを闘わせたりしない。
 エガオちゃんが幸せになれるよう全ての人生を注ぎ込む。
 例えニ度とママと呼ばれなくても・・・。
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